、私はあのヒルミ夫人の冷蔵鞄のなかに何が入っているかを話してあげてもいいんですがネ」
そういって、若い男はブルブル慄《ふる》える指を、紫色の下唇にもっていった。
或る高層建築の静かな食堂のうちで、コーヒーとチーズ・トーストとを懐しがる若い男の話――
「さっき御覧になったヒルミ夫人――あれは医学博士の称号をもっている婦人ですよ。専門は整形外科です。しかしそればかりではなく、あらゆる医学に通暁《つうぎょう》しています。世にも稀なる大天才ですね。
田内《たうち》整形外科術――というのは、ヒルミ夫人の誇るべきアルバイトです。ご存知ではないですか。近世の整形外科学は、ヒルミ夫人の手によってすっかり書きかえられてしまったんですよ。どんなに書きかえられたか、それもご存知ないのですか。これからお話してゆくうちに、ひとりでに分ってきましょうが、なにしろここ五ヶ年のヒルミ夫人の努力で、普通にゆけば五十年は充分かかるという進歩をやり上げてしまったのですからネ。まあ政治的文句はそれくらいにして、事実談にうつりましょう。ちょっと事実とは信じられないほどの奇怪なる事件なんですよ」
と、若い男はポツリポツ
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