リと語りだした。――
斯界《しかい》の最高権威となったヒルミ夫人は、一昨年ついに結婚生活に入った。
その三国一の花婿さまは、夫人より五つ下の二十五になる若い男だった。それは或る絹織物の出る北方の町に知られた金持の三男だといいふらされていた。誰もそれを信じている。ところがそれは真赤な偽《いつわ》りなのだ。それを証拠だてるのに甚《はなは》だ都合のよい話がある。ほんの短いエピソードなのだが。
それは一昨年の冬二月のことだった。
或る下町で、物凄い斬込み騒ぎがあった。
双方ともに死傷十数名という激しいものだったが、その外に、運わるく側杖《そばづえ》をくって斬り倒された「モニカの千太郎」という街の不良少年があった。白塗りの救急車で、押しかけて搬《はこ》びこんだのが外ならぬヒルミ夫人の外科病院だった。
モニカの千太郎は顔面に三ヶ所と肋《あばら》を五寸ほど斬り下げられ、生命危篤であった。普通の病院だったらとても助からないところだが、ヒルミ夫人は感ずるところあって、特別研究室に入れ、日夜自分がついて治療にあたった。その甲斐あって、病人はたいへん元気づき、面会に来た警察官を愕《おどろ》かせ
前へ
次へ
全32ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング