や、下駄のかち合う音が、そこら近所に騒々しく湧きおこった。
帆村が一歩足を踏みこんだところで、靴先にカタリと当たる何物かを蹴とばした。懐中電灯で探してみると、それはダンディ好みの點火器《ライター》だった。彼は手帛《ハンカチ》をだして、それを拾いあげると、ポケットに収いこんだ。これも事件の謎をとく何かの材料かもしれない。
店をとおりすぎ、洋酒瓶の並ぶうしろに、三階へつづく螺旋階段《らせんかいだん》があった。二階へも別な階段があったが、二階と三階とを通ずる階段はなかった。帆村は螺旋階段に手をかけると、スルスル三階へ登っていった。
「やあ、――」
三階をのぼりきった室には、けばけばしい長襦袢を着た三十ぢかい肥肉《ふとりじし》の女が、桃色の夢がまだ漂っているようなフカフカした寝床の上に倒れていた。その横に、も一つ寝床があるが、そこに寝ている人の姿はなかった。
「君、しっかりなさい、どうしたんです」
帆村は女の艶《なまめ》かしい肩を叩いた。
すると女は、ますます顔を夜具の中に埋めるようにして全身を戦《おのの》かせながら、左手をツとあげて、無言のまま表口寄りの隣室を指すのだった。さてはこ
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