かな)
そう思いながら、こんどは両側の窓下と戸口を一々丁寧に見てゆくことにした。彼の身躾《みだしな》みの一つであるポケット・ランプをパッと點けると、まずネオン横丁の入口に最も近いカフェ・オソメの前に跼《しゃが》んで戸口の前や、ステンド・グラスの入った窓枠《まどわく》などを照し、なにか異常はないかとさがしたが、そこには血潮も垂れていなければ、泥靴の生々しい痕もない。扉は押してもビクとも動かなかった。ではこのカフェ・オソメも大丈夫であろう。こんな風に、隣りから隣りのカフェへと、表口を一々しらべていった。だが、何処にも異状が見当らなかったのだった。
「人殺しィ。うわぁ、誰かきて……」
イキナリ帆村の頭の上で、婦人の金切声があった。それは丁度、四軒目のカフェ・アルゴンの前だった。悲鳴は、その三階と覚しいあたりから発したようだった。
「うん、果《はた》して事件だ。さっきのは、するとピストルの音だった」
帆村荘六の酔いは完全に醒めてしまった。彼はドシンドシンと、カフェ・アルゴンの扉に身をぶっつけた。扉は意外に苦もなくパタリと開いた。近所では、やっと気がついたものとみえて、窓をあける音や、人声
前へ
次へ
全29ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング