「あ、ありました、これです」
「どれどれ」大江山警部は、状袋に入った脅迫状というのを取り上げて、声を出してよんだ。
[#ここから3字下げ、罫囲み]
すぐネオン横丁から出てゆけ。ゆかないと、さむい日に、てめいのいのちは、おしゃかになるぞ。
[#ここで字下げ終わり]
「なんだか、おかしな文句だな。さむい日[#「さむい日」に傍点]と断ってあるが、こいつは当っている。おしゃかになる[#「おしゃかになる」に傍点]というのは『毀《こわ》す』という隠語だがこれは工場なんかで使われる言葉だ。――おみねさん、この脅迫状には名前がないが、どうして女坂染吉とやらが出したとわかるんだい」
「だって、外には、そんな手紙をよこす人なんて、ありませんわ」
「そいつは、何ともいえないね」と警部は言って、ちょっと考え込んでいたが、「この辺で工場へ行っている人とか、職工あがりという種類の人を知らないかね」
「ああ、あいつかも知れません。ネオン・サイン屋の一平です。あれはこの横丁の地廻りで、元職工をしてたので、ネオンをやってるんです。うちのネオンも、一平が直しに来ます」
「ふうん。一平と虫尾とはどんな交際だい」
「さあ、別にききませんけれど……」
おみねは、やっと気分をとりもどしてきたようだった。
「おみねさん」そう言って口をはさんだのは先刻から黙って横にきいていた帆村荘六だった。
「その一平というのはどんな身体の男なんですか」
「ネオン屋の一平は、背が高くて、ガニ股でいつも青い顔をしていますよ」
「ほほう、背が高いんですね」帆村は、薄暗い灯影で見た男も背が高かったのを思い出した。
「では、あなたはこんなものを御存知ありませんか」
そういって此処の入口で拾ったライターを掌の上にのせて、おみねの前にさしだした。
「あッ、それは――」それを一と目みたとき今まで明るかったおみねの顔色が、さッと蒼くなり全身に軽い痙攣《けいれん》までがおこったのだった。
2
「このライターは誰のです?」帆村荘六は、おみねが驚駭《きょうがく》にうちふるえている前に、このカフェ・アルゴンの入口で拾ったライターをさし示した。
「……い、一平のでしょう」と、おみね。
「なに一平のライターだって」大江山警部は身体を前へのり出した。
「おみねさん、君が先刻返事をしてくれなかったことがあったね。この二つの寝床の一つは君が寝ていたが、今一つには誰が寝ていたか。それはナンバー・ワンの女給ゆかり[#「ゆかり」に傍点]の布団なんだろうが、入ってたのは別人だった。いいかね。この帆村君は、さっき四時前に、ここから長身の男が逃げてゆくのを発見したんだ。つづいてライターをこの家のうちで拾った。すると、こっちの布団(と、一方の寝床を指しながら)には、その背の高い、そのライターの持ち主が寝ていたのだ。もしそのライターがネオン屋の一平のだったら、お前さんはここで一平と寝てたことになるよ、それでいいかい」
「まァ、誰が一平なんかと……」
「もう一つお前さんに見せたいものがある」
そう言って大江山警部は帆村に目交せをして屋根裏で拾ったピストルをおみねの前につきつけた。
「このピストルを知らないかい」
「ああ、これは……。これこそ一平のもってたピストルです。あいつは、これでいつかあたしのことを……。あたしのことを……」
おみねはなにを思い出したものか、ヒステリックに喚きだした。
「やっぱし、あいつだ。あいつだ。一平が主人を撃ったのです。その外に犯人はありません。そうなんですよオ、そうなんです」
「これ、おみねさん、しっかりしないか。おい外山君、この婦人を階下へ連れてって休ませてやれ」
おみねが去ると、三階には係官一行と帆村探偵とだけが残った形になった。
「どうだ帆村君」大江山警部はにこやかに呼びかけた。
「これは単なる痴情関係で、一平が女給ゆかり[#「ゆかり」に傍点]の身代りにこの寝床にもぐっていて、頃合を見はからって、屋根裏にのぼり、主人の虫尾を射って逃げ、その途中で入口にライターを落とし四つ辻では君に見咎《みとが》められて、逃走したと解釈してはどうかね」
「だが、同じ逃げるものなら、どうして寝床にぬくぬくと入っていたのでしょう。隠れるところはカーテンの後でも、押入の中でもいくらもありますよ」と帆村は反駁《はんばく》したのだった。
「うん、そいつはこう考えてはどうか。すこし穿《うが》ちすぎるが、あの夜、おみねは虫尾の寝床で彼の用事を果すと、この部屋に退いた。爺さん便所に立つときに、隣りの布団をみて(ゆかりの奴、寒がりだから頭から布団をかぶって寝てやがる)と思った。それから再び自分の室に入ると、脅迫状が恐いものだから、厳重に錠をおろして寝た。そこでおみねは、先客の一平が寝ているゆかりの布団へもぐりこんで
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