形容しがたいような嬌声《きょうせい》を張りあげて、あっちからも、こっちからも金の胸にぶら下るのだ。まるで一つの麩《ふ》を目懸けて、沢山の緋鯉《ひごい》真鯉《まごい》がお互に押しのけながら飛びついてくるかのように。
そのときに金はどんな顔をしているかというのに、一向嬉しそうにも楽しそうにも見えないのだから不思議である。唯《ただ》、隅っこの席へ行ってドカリと腰を下ろす。そこは彼のために、いつも取って置きの場所だった。そこで彼は悠々《ゆうゆう》と一本の煙草を取り出す。するとまた大騒ぎである。十人ばかりの女が誰一人のこらず、てんでに帯の間から燐寸《マッチ》を出し、シュッと火をつける。まるで燐寸すり競争をやっているようなものだ。莫迦莫迦《ばかばか》しくて見ていられない。
「ばか、ばか、煙草が燃えてしまうじゃないか」
そのとき金は、ほんの微《かす》かにニコついて、煙草の火をつける。彼がフーッと煙を吹き出すと女どもは、身体を蛇のようにねじらせて、
「ねェ、ねェ」「ねえッたら、ねェ」
と鼻声をあげる。そこで金は、懐中をさぐって、卓子《テーブル》の上へポーンと煙草の函《はこ》を投げだす。わーッとい
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