ガード下に、彼らしい姿を発見したという。しかし顔色はいたく憔悴《しょうすい》し、声をかけても暫《しばら》くは判らなかったという。丘田医師は、今もさる病院の一室で、根気《こんき》のよい治療を続けているという。流石《さすが》は医師である彼のことだと、医局では感心しているそうだ。だが元々医師であって、モルヒネ劇薬の中毒が恐ろしいことはよく判っている筈なのに、どうして彼がモヒ中毒に陥《おちい》ったのか。これはまことに興味ある疑問である。
 そのことについては、吾が友人帆村荘六も大いに知りたがっていたところだが、或る時|当《とう》の丘田医師から聞きだしたといって、秘《ひそ》かに話してくれた。嘘《うそ》か真《まこと》かは知らぬけれども、「……丘田氏は、自分でモヒを用いた覚えのないのに、中毒症状を自分の身体の上に発見したそうだ。注射もせず、喫いも呑みもせぬのにどうして中毒が起ったか。その答は、たった一つある。曰《いわ》く、粘膜《ねんまく》という剽軽者《ひょうきんもの》さ」
 そういわれた瞬間、私の眼底《がんてい》には、どういうものか、あのムチムチとした蠱惑《こわく》にみちたチェリーの肢体《したい》が
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