》しに顔をつきだした其《そ》の男は、なんと丘田医師だったのである。丘田医師には違いないが、日頃の彼の温良なる風貌はなく、髪は逆立ち、顔面は蒼白《そうはく》となり、眼は血走り、ヌッとつき出した細い腕はワナワナと慄《ふる》えていた。
「さあ返せ、返せといったら返さないか」私は腰をあげた。
「畜生、黙っているのは、返さない心算《つもり》だな。よオし、殺しちまうぞ」
そう呶鳴《どな》ると丘田医師は忽《たちま》ち身を翻《ひるがえ》して、傍《そば》の棕櫚《しゅろ》の鉢植《はちうえ》に手をかけた。彼の細腕は、五十キロもあろうと思われるその重い鉢植を軽々ともちあげて、頭上にふりかぶろうという気勢を示した。
「危い。逃げろッ」
と帆村が私の腕を引張った。私はパッと身をかわすと、夢中になって駆けだした。なんだか背後《うしろ》で、ガーンという物の壊《こわ》れる物凄い音を聞いたが、多分それは丘田医師の手を放れた鉢植が粉々に砕《くだ》け散《ち》った音だろうと思う。
* * *
帆村と私とは、やっと流し円タクを拾ってその中に転げこんだ。
「いやどうも駭《おどろ》いた――」私はまだ慄《ふる》
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