は、或る一つの仮定を置いた。仮定を置いただけでは十分ではない。僕はその仮定を確めるために、神戸の波止場《はとば》で仲仕《なかし》を働きながら、不思議な秘密の楽しみをもっている人達の中を探しまわったのだ。そして遂に私の仮定が、或る程度まで正鵠《せいこく》を射ていることを確めた。しかしその上で、尚《なお》実際的証人を得る必要があったのだ。それで僕は急遽《きゅうきょ》東京へ引返した。そして第一番に逢って話をしたのがあの君江なのだ」
 帆村はそこでまたホープを甘《うま》そうに喫《す》った。
「君江というと、彼女は金の情婦《じょうふ》として有名だった時代がある。私は一本|釘《くぎ》をさして置いた上で尋《たず》ねてみた。『君はあのうまい煙草の作り方を、死んだ金から教わったのだろう』と」
「なに、うまい煙草というと?」
「そうなのだ。甘《うま》い煙草のことを訊《き》かれて彼女はハッと顔色をかえたが、もう仕方がないのだ。先にさして置いた私の釘は、どうしても彼女の告白を期待していいことになっていたのだ。『ええ、そうですわ』と遂《つい》に君江は答えた。そこで私は云った。『煙草にあの白い粉薬《こなぐすり》を載せて火を点《つ》ける。それでいいのだろう』君江は黙って肯《うなず》いた」
「そりゃ、どういうわけだい」
「なーに、これはあの劇薬《げきやく》を煙草に浸《し》ませて喫う方法なのだよ。鴉片《あへん》中毒者はモヒ剤だけを吸うが、われわれの場合は、ほんの僅かのモヒ剤を煙草に交《ま》ぜて吸うのだよ」
「その方法は?」
「それは詳《くわ》しく云うことを憚《はばか》るがネ、とにかくその薬の入った巻煙草――あの場合ではゴールデン・バットだが、そのバットの切口《きりぐち》のところは、一度火を点《つ》けて直ぐ消したようになっているのだ。金のやつは、こうした仕掛けのある煙草を吸っていた」
「そりゃ、うまいのだろうか」
「モルヒネ剤特有の蠱惑《こわく》にみちた快味《かいみ》があるというわけさ。ところが金という男は頭がよかったと見えて、それを自分だけに止めず、ゴールデン・バットの女たちに秘《ひそ》かに喫わせたのだ。女たちは、真逆《まさか》そんな仕掛けのある煙草とは知らず、つい喫ってしまったが、大変いい気持になれた。それでうかうか何本も貰って喫っているうちに、とうとうモヒ中毒に懸《かか》ってしまった。さアそうなると、今度はどうしても喫《の》まなければ苦しくてならない。仕舞《しま》いには、あの仕掛けのある煙草のことを感づいたのだろうが、そのときはどうにもならないところへ達していた。女たちは金に殺到《さっとう》して、そのゴールデン・バットを強要した。金としては思う壺《つぼ》だったろう。バット一本の懸け引きで、気に入った女たちを自由に奔弄《ほんろう》していったのだ」
「そうだったか――」私は深い嘆息《たんそく》と共に、あの死んだ金が素晴らしくもてていた其の頃の情景をハッキリ思い出した。
「これは君江から、すっかり訊《き》いてしまったことなのだよ。君江が一時、狂暴になったことがあったネ。あれは金が寵愛《ちょうあい》をチェリーに移し始めた頃だったんだ。君江はそれを愚図愚図《ぐずぐず》云ったものだから、金は怒《おこ》って、それじゃお前には今までのように薬をやらないぞといって、薬の制限で君江を黙らせようとしたのだ。君江は他の女よりすこし分量を多く貰っていた。それは金が彼女を強烈に興奮させて置いて、自分の慾情を唆《そそ》ろうとしたためだった。ところがその分量を減らされたために、君江はああして金に喰ってかかったのだ」
「ああ、するともしや……」と私は口に出しかけたが、気をかえて、「一体あのモヒ剤はどこから金が手に入れていたのかい」
「それが問題だったが、これも神戸で調べあげた。あれは某方面から密輸入をしたヘロインだったんだ。金はそれを手に入れたときに、あの用い方も一緒に教わったものらしい」
「では、相当貯蔵していたんだネ。でも金の部屋から、そんなものが出て来た話を聞かなかったじゃないか」
「そうだ。そこに面白い問題があるんだよ」と帆村はいかにも愉快そうに微笑《ほほえ》んだ。「いまにだんだん判ってくるから」
 そこへ君江がビールを搬《はこ》んできた。
「どうも済みません。今夜は御覧のとおりの大入《おおいり》で、うまく廻らないんですよ。まあどうでしょう。こんなに忙しいことは、このゴールデン・バットが出来て初めてのことなのよ」そういって君江は、白い指を顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》にあてた。
「君たちのサービスが良すぎるせいだろう」と帆村は揶揄《からか》った。
「どうですか――」と、君江はビール壜をとりあげて、帆村の洋盃《コップ》に白い泡を注《つ》ぎこんだ。
 丁度《ちょ
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