いだかせた。何故ならば、どうしてチェリーのように脆弱《かよわ》い女性が、あの重い砲丸を金青年の肩の上に擲《な》げつけることが出来たろうかという疑問が第一。それから彼女に真逆《まさか》金を殺すだけの十分な動機が見つかりそうもないという疑問がその第二だった。
 しかしそれは、彼女達の告白によって、すべてが明《あきら》かになった。私は今、彼女達という複数の言葉を使ったが、あのゴールデン・バットの女たちは、あの晩の騒ぎをキッカケとして、去っていったのだった。彼女たちは、洋酒を盆の上に載せる代りに、みんなが白いベッドの上に載せられていた。それは某内科の病室に収容せられた風景だった。
 チェリーはベッドの上から、切れ切れに一切を予審判事《よしんはんじ》に告白した。
 金が重傷をうけたあの頃は、チェリーが君江よりも一歩進んだ、金の寵愛《ちょうあい》を得ているときだった。金は前にも云ったように、魔薬《まやく》の入った煙草でもって女たちを自由にしていた。その資本は、金が秘蔵していた一袋のヘロインというモルヒネ剤だった。
 ところがこの大切な資本が、或る日金の部屋から見えなくなったのだ。それは大事件だった。命に関する出来ごとだった。彼は気が変になったように部屋の中を探したが、どうしても出て来なかった。そのうちにだんだんと中毒症状が出てきたので彼はかねて懸《かか》りつけの丘田医師をよんで、投薬《とうやく》を頼んだ。それから以来というものは、一日に何回となく丘田医師のもとに哀訴《あいそ》を繰りかえさねばならなかった。ただ然《しか》し中毒者のことであるから、服薬したあとの数時間は、普通と異《ことな》らぬ爽快な気分で暮らすことが出来た。
 しかしここに困ったことが出来た。それは金が予《かね》て魔薬《まやく》入りのゴールデン・バットをバラ撒《ま》いていた女たちに与えるものがなくなったことだった。女たちの中でも、一番|恐《おそ》ろしい苦悩に襲《おそ》われたものは、実にチェリーだった。チェリーはその頃、金の寵愛《ちょうあい》を集めていただけに、服薬量が大変多量にのぼっていた。だからチェリーは金を訪ねて、ヘロインをせびったのだった。
 しかし金にとって、もういくらも貯《たくわ》えのないヘロイン入りのゴールデン・バットだった。ひとに与えれば、忽ち自分が地獄のような苦悶に転げまわらねばならない。だから最愛
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