サ」
「ところがブラブラしていたとはいいながら、波止場仲仕《はとばなかし》をやっていたんだぜ」
「波止場仲仕を、か?」
 私は直ぐ帆村の意図《いと》が呑みこめた。彼は例の事件について、外国汽船の出入はげしい港で何事かを調べていたというわけなのだろう。
「ときに君は、近頃ゴールデン・バットへ行っているかい」
「行ってはいるがネ」
「行ってはいるがネというところでは、あまり成功していないようだネ。あすこも金だの海原氏が一時に行かなくなって、寂しくなったことだろう」
「その代り大した後任者が詰めかけているよ」
「そりゃ誰のことだい」
「君には解っているのだろう。あの丘田医師のことさ」
「そうか。丘田氏が行っているか。相手はどの女だい」
「それが例のチェリーなんだ。チェリーはこの頃、断然《だんぜん》ナンバー・ワンだよ。君江も居るには居るが昔日《せきじつ》の俤《おもかげ》無《な》しさ。しかし温和《おとな》しくなった。温和しいといえば、あの事件からこっち、不思議に誰も彼もが温和しくなったぞ。あれから思うと金という男は、悪魔のようなところのある素晴らしい天才だったんだナ」
「煙草の方は相変らず皆でやっているかい」
「煙草というと……」と私はあまり唐突《とうとつ》なので直ぐには気がつかなかった。「ああ煙草のことかい。それならカフェ・ゴールデン・バットのことだ。看板どおりのものを忠実に愛用しているさ。うまい宣伝手段もあったもんだネ。そういえば近来、女ども、バットをてんでにケースに入れていてネ、それを揃いも揃ってパイプに挿《はさ》んでプカプカふかすのだ。他にはちょっと見られない風景だネ」
「ふーん、なるほど」そこで帆村は言葉を切って、彼の好きなホープを矢鱈《やたら》にふかし始めた。
「じゃ一つ――」とやがて彼は立ち上って云った。「今晩は久しぶりにバットへ一緒に連れていって貰うとして、その前に君にちょっと附き合ってもらいたいところがあるんだが」
 そこで私は帆村について家を出掛けたのだった。
「最初はここだよ」
 と彼は云って、バットの近所にある野間薬局の店先《みせさき》にずかずか入っていった。
「ちょっと劇薬売買簿《げきやくばいばいぼ》を見せて貰いたいのですがネ。ここに本庁からの命令書がありますが……」
 そういって帆村は店先に腰を下した。顔の青白い主人が奥から出てきて、こっちを向いて
前へ 次へ
全27ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング