鳴るたびに、ぼくの身体は穴からそろそろと抜けていくのであった。
「おい、ねじが抜けるよ。誰か来て留《と》めてくれ」
ぼくは人間に聞えない声で、一生けんめいに怒鳴《どな》った。
仲間のもくねじたちは、きっとぼくの悲鳴を聞きつけたにちがいない。しかし、彼等の力ではどうすることも出来ないのだ。
ガーン、ガーン、ガーン。
呀《あ》っという間に、ぼくは穴からすっぽりと抜けてしまった。そして小さい声をたてて、コンクリートの床に転《ころ》がった。頭の角《かど》をいやというほどぶっつけた。ああ万事休す!
ぼくは、又もや大きな悲しみの淵《ふち》に沈んだ。床から機械の元の穴まではずいぶんはるかの上だ、翼《つばさ》ない身は、下からとびあがっていくことも出来ない。
悲しみの中にも、ぼくはまだ少しばかりの希望を抱《いだ》いていた。
それは誰かがぼくの傍《そば》を通りかかって、ぼくが転がっていることに気がつくのだ。おや、こんなところにねじが落ちている。一体どこのねじが抜けたんだろうといって、その人が親切に、ぼくの入るべき元の穴を探してくれれば、ぼくはたいへん幸福になれるのであった。どうか、誰か技師さん、ぼくを見つけてくれませんか。
しかし実際は、ぼくを見付けてくれる人間は一人もいなかったのである。運のわるいときには悪いことが重《かさ》なるもので、それから三十分ばかり経った後のこと、技師の一人がこつこつと靴音を響かせて、ぼくの転っている方へ歩いて来たが、その靴先がぼくの身体に当って、ぼくはぽーんと蹴とばされてしまった。
なにしろ軽い身体のぼくのことであるから、たちまち床をごろごろと転った末、部屋の隅にあった木箱の壊《こわ》れがつみあげてあるその下へもぐり込んでしまった。ああ、もう観念の外はない。再びあのりっぱな機械の穴へは戻れないことになってしまった。
流転《るてん》
それから先の話は、あまりしたくない。
ぼくは二十日、壊れた木箱の下にいた。
やがて工事場の取片づけが始まって、木箱は部屋から外へ搬《はこ》ばれていった。そのあとに、ぼくは、コンクリートの魂《かたまり》や縄片《なわぎれ》などと一緒に残っていた。ぼくの身体はもう埃《ほこり》にまみれて、かつて倉庫番から褒《ほ》めちぎられたときのような金色《きんいろ》の光沢《こうたく》は、もう見ようとしたって見られなかった。全身《ぜんしん》は艶《つや》をうしない、変に黄色くなっていた。
埃と一緒に、ぼくは掃き出された。そして放送所の後庭《あとにわ》に掘ってあるごみ捨て場の方へ持っていかれた。いろんなきたないものと一緒に、じめじめした穴の中に、ぼくは悲惨《ひさん》な日を送るようになった。身体はだんだんと錆《さび》て来た。青い緑青《ろくしょう》がふきだした。ぼくは自分の身体を見るのがもういやになった。
思えば、ぼくほど不幸な者はない。こんな不幸に生れついた者が、またとこの世にあるだろうか。ぼくを生んだ人間が恨《うら》めしい。もっと気をつけて旋盤《せんばん》を使ってくれればよかったんだ。
しかしぼくも途中でちょっぴり幸福を味わったことがあった。それはあの若い職工さんが、くだらない話に夢中になって、僕を放送機の孔《あな》に取付けてくれたからだ。あれから、この放送所へ来て、試験が行われている間までは、ぼくはたしかに幸福であったといえる。
だが、今から考えてみると、それは間違った幸福だった。元々あの若い職工さんが、誤《あやま》ってぼくを放送機にとりつけたのであった。だからぼくは当然今のようなみじめな境界《きょうかい》に顛落《てんらく》することは、始めから分り切っていたのである。間違った幸福をよろこんでいたぼくは、何というばかだったろうか。
或る日、このごみ捨て場に、舎宅《しゃたく》の子供たちが三四人で遊びに来た。汚いところだが、子供たちには、たいへん興味のある遊び場であるらしい。子供たちは、みんな女の子であった。ごみの山の上を、上《あが》ったり下《お》りたりして遊んでいるうちに、一人の鼻たらしの七つ位の子供が、ふとぼくを見つけて、小さな掌《てのひら》の上へ拾い上げた。
「いいものがあったわ。これは、きたないけれど、ねじ釘《くぎ》でしょう。お家へ持ってかえって、お母さんにあげるわ。額《がく》をかけるのに釘が欲しいってお母さんいっていたのよ」
ぼくは、その子供の小さい手に握られていた。そして身体がぽかぽかと温くなった。
「どれ、見せてごらん」
別の子供がやって来た。ぼくの主人は、小さな掌をひらいた。すると相手が大きな声を出した。
「まあ、きたないねじ釘ね。その青いものは毒なのよ。そんなものを持っていると手が腐《くさ》るから捨てちゃいなさい」
「まあ……」
ぼくは、ぽいと捨てられ
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