もくねじ
海野十三
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)倉庫《そうこ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)数十日|経《た》って、
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)おり[#「おり」に傍点]のようなものが
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倉庫《そうこ》
ぼくほど不幸なものが、またと世の中にあろうか。
そんなことをいい出すと、ぜいたくなことをいうなと叱《しか》られそうである。しかし本当にぼくくらい不幸なものはないのである。
ぼくをちょいと見た者は、どこを押せばそんな嘆《なげ》きの音《ね》が出るのかと怪《あや》しむだろう。身体はぴかぴか黄金色《おうごんいろ》に光って、たいへんうつくしい。小さい子供なら、ぼくを金《きん》だと思うだろう。ぼくをよく知っている工場の人たちなら、それがたいへん質のいい真鍮《しんちゅう》であることを一目でいいあてる。実際ぼくの身体はぴかぴか光ってうつくしいのである。
ぼくは、或る工場に誕生すると、同じような形の仲間たちと一緒に、一つの函《はこ》の中に詰めこまれ、しばらく暗《くら》がりの生活をしなければならなかった。その間ぼくは、うとうとと睡《ねむ》りつづけた。まだ出来たばかりで、身体の方々が痛い。それがなおるまで、ぼくは睡りつづけたのである。
それから数十日|経《た》って、ぼくは久しぶりに明るみへ出た。
そこは、倉庫の中であった。でっぷり肥《こ》えた中年の人間が――倉庫係のおじさんだ――ぼくたちのぎっしり詰《つ》まっているボール函《ばこ》を手にとって、蓋《ふた》を明けたのだ。
「お前のいうのはこれだろう。ほら、ちゃんとあるじゃないか」というと、別の若い男がぼくたちを覗《のぞ》きこんで、
「あれえ、本当だ。もう一函もないと思っていたがなあ。どこかまちがって棚《たな》の隅《すみ》へ突込んであったんだねえ。きっと、そうだよ。つまり売れ残り品だ」
といいながら、指を函の中に突込《つっこ》んで、ぼくたちをかきまわした。ぼくはしばらく運動しなかったので、彼《か》の若い男の指でがらがらとかきまわされるのが、たいへんいい気持ちだった。
「売れ残り品じゃ、役に立たないのか」
中年の男が、腹を立てたような声を出した。
「いやいや、そんなことはない。掘り出しものだよ。ありがたいありがたい。これで今度の分は間に合うからねえ。なにしろこのごろは納期がやかましいから、もくねじ一函が足りなくても大さわぎなんだ」
若い男は、うれしそうに目を輝《かがや》かして、ボール函の蓋《ふた》をしめた。ぼくたちの部屋は再び暗くなった。
「それみろ。やっぱりありがたいだろうが。お前からよくもくねじさんにお礼をいっときな。売れ残りだなどというんじゃねえぞ」函の外には、倉庫係のおじさんが機嫌《きげん》をとり直して、ほがらかな声を出す。
「じゃ貰っていくよ。伝票《でんぴょう》はさっきそこに置いたよ」
「あいよ。ここにある」
それからぼくたちは、若い男の手に鷲掴《わしづか》みにされ、そしてどこともなく連れていかれた。
今から思えば、まだこのときのぼくは希望に燃えて気持は至極《しごく》明るかった。仲間同士、これからどんなところへいって、どんな機械の部分品となって働くのであろうかなどと、われわれの洋々たる前途について、さかんに談《だん》じ合《あ》ったものである。
宿命《しゅくめい》
函《はこ》の外からは、そのときどきに、いろいろな音響が入ってくる。また人間たちの話声がきこえる。それをじっと聞き分けるのは、たいへん興味のあることだった。
ぼくたちの函が、どすんと台の上か何かに載せられたのを感じた。そこはたいへん沢山の大きな機械が廻っている部屋であった。
「はい、もくねじを貰ってきましたよ。これが最後の一函です」さっき聞き覚えた例の若い男の声だ。
「おい待ってくれ。ちょっと中身を調べるから」
別の太い声がした。
「大丈夫ですよ。倉庫で受取ったときちゃんと調べてきましたから」
「待て待て。お前はこのごろふわふわしていて、よく間違いをやらかすから、あてにならんよ。それに間違っていれば、すぐ取替《とりか》えて来てもらわないと、折角《せっかく》ここまで急いだ仕事が、また後《おく》れるよ。急がば廻れ。念には念を入れということがある」
「ちぇっ。十分念を入れてきたのになあ」
「まあそう怒るな。どれ、そこへ明《あ》けてみよう」
太い声の男が、ぼくたちを明るみへ出してくれた。ぼくたちは、ざらざらっと、冷い冷い鋼板《こうばん》の上にぶちまけられた。しばらく暗闇《くらやみ》にいたので、眩《まぶ》しくてたまらない。大きな手でぼくたちをなで廻す。
「ほう。これは優級品だ。まだこの手のがあったの
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