、そこには声をかけた筈《はず》の誰もいなかった。しかし何物も居ないわけではなかった。私は、まっ黒の、大きな筒《つつ》のようなものが、私の背中にもうすこしで突き当りそうになっているのを発見して、愕いたのである。それは、どう見ても、口径《こうけい》四十センチはあると思う大きな砲弾であったのである。
「どうだ。この砲弾が見えるかね」
 砲弾が、ものをいった。ふしぎな砲弾であった。そういいながら、砲弾は、私の鼻先《はなさき》を掠《かす》めてそろそろと向うへ、宙を飛んでいった。大体地上から一メートルばかり上を、上から見えない針金《はりがね》で吊《つ》られたかのように落ちもせず、すーっと向うへいってしまった。そして最後に、私は、その砲弾が辻《つじ》のところを、交通道徳《こうつうどうとく》をよく弁《わきま》えた紳士のように、大きく曲《まが》ったのを見た。そして間もなくその怪《あや》しい砲弾は、ビルの蔭に見えなくなってしまった。なんというふしぎなものを見たことであろうか。夢か? 断《だん》じて夢ではない。
 ふと、傍《かたわら》を見ると、ロッセ氏も、鋪路《アスファルト》のうえに、じかに坐っていた。氏も
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