藤代女史とを尻目にかけ、オーバーのポケットから出した罎の栓をぬいて、中なる茶色の液体を、ざあッと画面へふりかけた。
「あッ、何をする」
烏啼は、袋猫々にとびついて、その罎を叩き落としたが、もう間に合わなかった。
「騒がないで、よく画面を見るんだね」
袋探偵は、落着き払って、そういった。
すると怪しむべし、画面のニンフや宝角が急に薄れて行き、一分半ばかり経つと、ルウベンスの画はすっかり消え去って、その替りに、その下から拙劣な林間を画いた風景画に変ってしまった。
「おや。これはどうだ」
と烏啼の愕くのを、にやりと笑った袋探偵は、
「これでお分りでござろうが、手前の方にも模写の腕達者《うでだっしゃ》が控えて居りましてね、風景画の上に、ルウベンスの名画を一夜で描きあげる画家が居ますのさ。また、君の持っている薬液を真似て、それと性質の違った別の絵具を溶かして消し去る重宝《ちょうほう》な薬液の用意もござりまする。だから烏啼大人よ。もうこんな古い手はお使いにならんことだね。三文の価値のないインチキ名画を、たとい何千円にしろ、高い金を払い、いろいろ肉体的精神的の苦労を積んで、ここへ集めて来るに
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