見ている。このとおり、何でもない場面を描いてあるのだが、伯爵としては、この二人の気楽さと法悦にひたっていることが非常に羨《うらやま》しく、そして心の慰めとなるのだった。だから、欧洲で蒐集《しゅうしゅう》した多くの画はだんだん売って売り尽しに近くなったが、この一枚だけは手放さなかったのだ。
 それほど伯爵にとって価値高きこの名画を、伯爵は朝起きるとすぐに書斎へはいって眺めるのを一日中の最大の楽しみとし、またその日の最初の行事ともした。
 ところが、その日の朝、伯爵はこの部屋にはいると、名画の中の二人へ朝の挨拶がわりに横眼でじろりと一眄《いちべん》した瞬間、異常を発見したのであった。
「ばかな。そんなことがあってたまるものか。僕の眼がどうかしているんだろう」
 伯爵は、一旦発見したものを打消しながら、その名画の向い側においてある肘掛椅子《ひじかけいす》のところまで歩いていって、くるっと廻れ右をして椅子に腰を下ろした。そして画面をもう一度しっかり見直したのである。
 電気のようなものが、頭から背筋へ走った。
「あッ。この画はへんだ」
 名画「カルタを取る人」の画面に異状があるのだった。伯爵は
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