は御希望のとおり美人かもしれません」
すると伯爵は顔を赭《あか》くし、
「いや、美人不美人を問題にしているのではありません。あの名画を、君が賊から取戻す見込みがあるかどうか、そのところを知りたいのです」
と、ごま化した。
「さあ、そのことですが、今まで調べて分ったところを綜合して考えてみますのに……」
と袋探偵は鼻をくすんくすんと小犬の様《よう》に鳴らし、それから突然胸を張って深呼吸を一つすると「……これは実に変った事件ですぞ。これまでの世界犯罪史の中に、全然先例を見ない新鮮にして奇怪なる事件ですな。ですから警察なんかの手に委《ゆだ》ねておいては、いつまで経っても犯人を探し出してくれんです。実に記録的なる怪々事件ですな」
袋探偵は、急にこの事件の重大性を力説し始めたのである。
「それはたいへんだ。すると犯人は猛烈に凄い奴ですね。少くともルパン級。いや、もっと上のスーパー・ルパン級の悪人ですか。困ったなあ、あの生命にも替えがたい名画『カルタを取る人』は遂に永遠に僕の手に戻りませんかねえ」
「そうかもしれませんが、そうでないかもしれません。まあしばらく、私にこの事件をお委せ下さい。一週間のうちに解決しなかったら、天下の何人といえども、この事件を解決し得ないのです。しからば今日はこれにて失礼します。いや、明日より一日に一度は御連絡申上げますから……」
そういって袋探偵は引揚げていった。
美術商来邸
探偵の引揚げていったその後へ、美術商の岩田天門堂が、伯爵を訪ねて来た。
伯爵は、その後、誰にも会わないつもりだったが、岩田は美術商であるから、彼は盗まれた名画の行方について既に何か聞きこんで居るのではないかと思ったので、岩田だけには会うことにした。
天門堂主人は、例の如くちぐはぐな恰好で伯爵の書斎へはいって来た。羽織袴《はおりはかま》といういでたちながら、口髭と丸く刈りこんだ頤髯《あごひげ》を頤の下に蓄え、頭はきちんとポマードで固めて、茶色の眼鏡をかけている。
「これは、御前《ごぜん》。御機嫌にわたせられ、恐悦至極《きょうえつしごく》に存じます、はい」
直角以上に腰を曲げて見せる。
「ふふん。今日は機嫌がよくないのだ」
伯爵は、すねたような声を出す。
「あれッ、これは意外なるおん仰せ。何ごとが御前の機嫌を損じましたか、その次第を――ほほう、これは変った絵をお架《か》けになりましてございまするな」
さすがに美術商よと讃《ほ》むべきであるが、岩田天門堂は、話の途中で壁間の画を一目見ると愕《おどろ》きの声をあげた。
「君にも分るかね」
伯爵は、情けない声で訊《き》いた。
「分りますどころか、実に珍なる画でございまするな。御前はこの画をどこで手においれになりました。また、ここにお架けになって居りますのは、如何なる洒落《しゃれ》でござりまするか」
「無礼なことをいうね、君は」と、伯爵の額には青筋が太く出た。
「いや、これは御無礼を。平頭陳謝仕りまする。しかし正直なところ、鈍なる天門堂には皆目わけが分りませんので。御前より御説明を承りますれば、まことに幸《さいわ》い……」
そこで伯爵は顔色を和《やわら》げて「カルタを取る人」の盗難とその入れ替えにこの怪画が残してあったことを物語った。
聞いている岩田天門堂は、さかんに愕きの声を洩らし、御前をも憚《はばか》らず頤髯をひっぱり、果ては舌打ちまでした。
「とんだひどい奴があった者でございますね。盗んで行くなら盗んで行くで、そっくり持って行けばいいものを――いや、これは失言でございました、どうぞ御勘弁を――つまらんものを残して行くなんて、まことに人を莫迦《ばか》にした泥坊の仕打でございまするな。手前如きでさえ、この画を見るとむかむかとしてまいります。ああ。気持が悪い。なんという侮蔑《ぶべつ》、なんという愚弄《ぐろう》、いや、御前もさぞ御気持の悪いことでございしょう。お察し申上げまする」
と天門堂はしげしげと伯爵の顔を見て云ったものである。伯爵の顔は悄然《しょうぜん》たる顔から、憤然《ふんぜん》たる顔に移行した。
「全く不愉快だ。おい天門堂。この絵を片付けてくれ。そうだ、庭へ持出して、焼いてしまってくれ。なに構わんから」
「焼き捨てろと仰有《おっしゃ》いますか。それはまことに――いや、御立腹《ごりっぷく》はご尤もであります。御下命《ごかめい》によりまして早速お目通りからこの珍画を撤去いたしまするが、しかし御前、お焼き捨てになりまするなら、どうか天門堂へ適当なる価格をもって御払い下げ願わしゅう存じます、はい。勉強いたして頂戴いたしまする」
岩田は、懐中から大きな財布を出して、その上をぽんと叩いた。
「なんだ。お前も変っているな。とんでもない模写のニセ名画を買い取って、
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