どうするつもりか」
「いえ、もちろん手前の手に渡れば金儲《かねもうけ》けの糧《かて》にいたします。出鱈目《でたらめ》な説明を加えましてな、セザンヌの弟子が『カルタを取る人』を模写中発狂して、こんな画を描いてしまったが、とにかくこれはセザンヌの弟子なるフランス人の筆であるから、一枚五千円だと申しまして売りつけます」
伯爵の心が動いた。
「じゃあ、いくらで買っていくね」
「左様《さよう》。大奮発をいたしまして一千五百円では如何さまで」
「おい、ひどく儲けるつもりだね。さっき五千円で売りつけるといったのに、ここから買っていくときはたった千五百円か」
「ははは、これは御前、恐れ入りました。売りつけますにはいろいろと手のかかるものでございまして、それ位の利益を見ておきませんことには……ええい、ようございます。特に大々奮発いたしまして、ぎりぎりのところ四千円で頂きまする。千円は儲けさせて頂きたいもので、はい」
とどのつまり、岩田天門堂はこの怪画を四千円で伯爵から買い取り、折柄ちょうど店の者が自動車を持って岩田を迎えに来たので、それに乗って帰った。もちろん怪画はそのとき持っていった。
烏啼天駆《うていてんく》のこと
その翌日のことである。
袋探偵は、いよいよ猫背を丸くして、黒眼鏡の背景の大きな顔を、よく熟れた蜜柑《みかん》のように赭くして、伯爵の許へやって来た。
「怪賊の見当がつきましてございます」
と、袋探偵は伯爵の顔を見るより早く云った。
これには伯爵も愕いた。へぼ探偵にちがいないと、昨日は内心がっかりしていたのに、予期に反してこの快報をもたらしたのであるから、愕き且《か》つ怪《あやし》んだ。
「本当かね」
「いや、それについてご説明をいたさなくては信用なさらないでしょう。実は、例の怪賊の手口からして糸口を辿《たど》っていったのですが、実に実に賊は容易ならん奴ですぞ」
「賊は誰でも差支えないが、あの名画は、何時僕のところへ戻るだろうか」
「名画の取戻し方については、まださっぱり自信がないのですがが賊の見当だけは果然つきましたゆえ……」
「待ちたまえ。今も云うとおり、賊は誰であっても僕は構わない。問題は、あの名画が僕のところへ戻るか戻らないか、それを早く報告して貰いたい」
「それは逐次《ちくじ》順を追って捜査いたし、御報告をいたします。しかし今日御報告に参りましたのは、私には斯《か》くのとおりの捜査手順がついて居りますことをお知らせいたし、すこしでも御安心願おうと存じまして……」
「聞きましょう、君の話を。犯人の素性その他について、聴取しましょう」
伯爵はややがっかりしたが、やがて思い直して探偵にそういった。
「これは私でなくては図星《ずぼし》を指す者は居ないのでございますが、この犯人は、かの憎むべき奇賊烏啼天駆の仕業《しわざ》でございます」
「なに、ウテイ・テンクとは何者です。それが色白の女賊の名ですか」
「いえ、違います。二人組の男の方が、烏啼天駆なんで。こ奴《いつ》は、すこぶる変った賊でございまして、変った物ばかり盗んで行くのです。建物から一夜のうちに時計台を盗んでいったり、科学博物館から剥製《はくせい》の河馬《かば》の首を盗んでいったり、また大いに変ったところでは、恋敵《こいがたき》の男から彼の心臓を盗んでいったりいたしました」
「残酷なことをする。憎むべき殺人鬼だな」
「いや、殺人はいたしませぬ」
「しかし恋敵の男から心臓を抜けば彼は死んでしまう」
「ところが奇賊烏啼の堅持する憲法としまして“およそ盗む者は、被害者に代償を支払わざるべからず。掏摸《すり》といえども、財布を掏《す》ったらそのポケットにチョコレートでも入れて来るべし”てなことを主張して居りまする奇賊――いや憎むべき大泥坊でございます。そんなわけで、こちらの御盗難の場合においても、代償として別の画をはめていったものでありまして、稀《まれ》に見る義理堅い――いや、憎みても余りある怪々賊であります」
「なるほど。これは奇々怪々だ」
伯爵は奇賊烏啼天駆の話が初耳だったので愕いた。然《しか》し袋探偵の言葉の中に、ちょいちょい耳ざわりなところがあるのが気になった。或る箇所では、探偵は烏啼を尊敬しているようにも聞える。
実は、これは深い由緒《ゆいしょ》に基く。賊の烏啼と探偵の袋とは、永年追駆けごっこをしているのだ。お互いに背負い投げをいくども喰い、そしてにがい水をお互いにふんだんに呑ませ合った仲であった。年月が経るに従って、こんどこそ相手をとっちめてやるぞという決心がむらむらと湧いて来ると共に、相手に対する奇妙な懐しさも湧いて来るという始末であった。これも人情の機微であろう。
「で、その烏啼とやらが、僕の名画を盗んだことを白状したのかね」
「いえい
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