しかも切られたのが、手先の中でも一《ひと》っぱし腕利《うでき》きの者ばかり……」
「ふうーん」と虎松は呻《うな》った。
「今どこまで追ってるんだ」
「連雀町《れんじゃくちょう》から逃げだして、どうやら湯島《ゆしま》の方へ入った様子でござります」
「ほう、湯島といやあ、これァまた後戻りだわ。……さあ、一緒について来い、三太!」
「合点でござんす」
 虎松は暗闇の中をかきわけるようにして韋駄天《いだてん》ばしりに駆けだした。三太もこれに続く……。
 湯島まで行ってみると、殺人鬼は弓町《ゆんちょう》の方へ曲っていったとのこと。
「これァいよいよもって後戻りだわ」
 と虎松は呟いた。先刻《さっき》出てきた帯刀邸も、正にこの弓町にあったから。
 此方《こちら》は帯刀邸だった。花嫁花婿は座を下って奥に入ったが、若侍どもはいまや酒宴の最中というところへ、殺人鬼が邸近くで暴れているという報告があったから、さあたまらない。一座は俄かに悪性《あくせい》に活気づいた。
「むざむざと十四、五人も切らせるたァ、それは切らせる方に手落ちがあるのだ。よォし、これから行って、拙者の腕を見せてくれる!」
「いや、それでは拙者も連れていってくれ」
「ならぬならぬ。魔物退治は是非とも拙者にお委せあれ」
 というようなわけで、いつまで経っても衆議がまとまらない。すると中で一人がずいと進み出て、
「静まれ、静まれ」と両手を高く挙げて一同を制し「さように各々方《おのおのがた》が争っては、誰がゆくことに相成っても不服の残るは当然のこと。さて此処に、絶対に不服の残らず、その上ことの外面白い思いつきがござる。――」
 と、一座をズーッと身廻わす。一同はワイワイとどよめいた。(早くそれを云え)と催促が懸る。
「では申そう」と憎々しいまでに勿体《もったい》をつけて「――実は、各々方は誰方《どなた》も此拠に足をとめて行かぬこととなさるので厶《ござ》る。そしてこの興味ある討伐を、われ等の英雄にして、今夜随一の果報者たる花婿権四郎めに譲るので厶る。いかがで厶るナ?」
「名案じゃ」「名案、名案!」と、たちまち一せいに拍手があって、若侍は半分は好意的に、あと半分はいま紅閨《こうけい》にお妙を擁《よう》しているであろうことを岡焼《おかやき》的に、この緊急動議を決定してしまった。そして酒の激しい勢いでもってワッと立ち上ると、床杯《し
前へ 次へ
全10ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング