ら何まですべて百パーセントに死んだ細君そっくりである。それで思わず霊媒と手を取り合うようなこともあったんだという話をしましたが、私が行った時には、稍々《やや》がさつ[#「がさつ」に傍点]な友人が出て来た。いろいろ話をしたんですが、結局どうもあの世に無事に行き着いたから安心して呉れろ、という極めて普通な話ばかり出るので、少し専門的な話をして見ようと思い、始めたところが「今少し頭が悪いから」というので刎《は》ねられました(笑声)。
私はその友達から原稿を一つ預かっていました。それは雪の降る日に歌った新体詩《しんたいし》でしたが、それを何処かへ世話して呉れと頼まれていたんです。「僕は君の原稿を預かって居るが、あれは何時《いつ》出したら宜《よ》かろうか」と聴いて見ました。そうしたら「そうだね、それは軈《やが》て一週間程すると僕の四十九日が来るから、その時に一つ出して貰いたい」こういう話でした。ところが一週間後の四十九日という日は、八月の最中《さなか》です。八月の最中に雪がチラチラ降る新体詩が出せるものか出せないものか、これはオヤオヤと思ったです。第一、原稿ということがどうしてもその友達に呑み込めないのです。生前《せいぜん》原稿を毎日書いていた位の男が、死ぬと急に原稿が何であるかということを知らなかったのはどうも訝《おか》しい。分らずに苦しがっていたから「原稿というのはつまり君が何時《いつ》だか書いた文章のことだ」と僕が助け舟を出してやって初めて分ったのです。その中《うち》に到頭《とうとう》友人は大分苦しがりまして、愈々《いよいよ》引込むことになりました。「まだ話があるけれども、実は僕の妻が君に逢いたいそうで待っているから、替《かわ》る」というので、振切《ふりき》るようにして友達の霊は無くなりまして、今度は細君が出て来た。忽《たちま》ち細君の声に変りまして、非常に優しい声です、やって居る霊媒はお婆さんですから、女の方がうまく行くんでしょう。「どうも生前はいろいろお世話になりました」から始まりまして(笑声)、結局最後に「何か申し残したい事はありませんか」と言ったところが、「それでは一つお願いがあります、実は品川区に私の伯母が住んで居りますが、そこの娘のチーちゃんを早く一遍《いっぺん》此処へ来て貰うように言って下さい」という頼みで別れました。その次の日でしたが、偶然品川駅の近所
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