しかし春浪氏の外には、これに匹敵《ひってき》するほどの科学小説家なく、また春浪氏の作品は、冒険小説なる名称をもって呼びならわされたのであって、その頃を科学小説時代と云うにはすこし適当ではないように思う。さりながら、その出所《しゅっしょ》のいずくなるを暫《しばら》く措《お》くとするも、とにかく『海底軍艦』などの科学小説がその頃現れ、読者の血を湧したことは厳然《げんぜん》たる事実であって、押川春浪氏の名をわが科学小説史の上に落とすことは出来ない。
それからこの方、誰が科学小説を書いたであろうか。僕の識《し》る範囲では、野村|胡堂《こどう》氏、三津木春影《みつぎしゅんえい》氏、松山|思水《しすい》氏などが、少数の科学小説またはそれらしいものを書いた。しかしそれ等《ら》は、不幸にして読書界に多くの反響を呼びおこさなかったようである。一方ウェルズやベルヌの翻訳ものが出て、いささか淡《あわ》い色をつけてくれたに過ぎない。
その奮《ふる》わぬ科学小説時代は、遂《つい》に今日にまで及んでいるといって差支《さしつか》えない。過去に於て、科学小説の奮わなかったことは、肯《うなず》けないことではない。一
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