説明をしていた。
「いいかね。このとおりやってくれたまえ」
「ずいぶん大きな穴ですね。もっと人数を増《ま》さなきゃ駄目です」
 と、隊長の一人がいった。
「要ると思うのなら、すぐ手配をして集めてきたまえ。○○獣の生擒《いけどり》がうまくゆかなければ、この事件の被害はますます大変なことになるのだ。井戸掘機械なりとなんなりと、要ると思うものはすぐ集めてきて、早くこのとおりの穴を掘ってくれたまえ」
 蟹寺博士は気が気でないという風に、消防隊を激励《げきれい》した。
 その甲斐があってか、まもなく東京ホテルを中心として、その周囲に深い穴がいくつとなく掘られていった。
「博士《せんせい》。こんなに穴をあけてどうするんですか」
「おう、敬二君か。これは陥穽《おとしあな》なんだよ。○○獣をこの穴の中におとしこむんだよ」
「へえ、陥穽ですか。なるほど、ホテルの周囲にうんと穴を掘って置けば、どの穴かに○○獣が墜落するというわけなんですね」
「そのとおりそのとおり」
「博士《せんせい》、穴の中に落っこっただけでは駄目じゃありませんか。なぜって、穴の中で○○獣が暴れれば、穴がますます大きくなり、やがて東京市の地底《じぞこ》に大穴《おおあな》が出来るだけのことじゃないんですか」
「うん、まあ見ていたまえ。儂《わし》の胸にはちゃんと生擒りの手が考えてある」蟹寺博士は、大いに自信のある顔つきであった。
 そのうちに穴はどんどん掘りさげられていった。千五百人の人が働いて、五十六の大穴が掘れた。もうあとは、○○獣が外へ出てきて、陥穴《あとしあな》におちるばかりであった。蟹寺博士はじめ大勢の見物人は、それがいつ始まるだろうかと、首を長くして○○獣の出てくるのを待ちわびた。
「おお、あそこから○○獣が出てきたっ!」敬二が突然大きな声で叫んで、ホテルの南側の窓下を指《ゆびさ》した。


   女流記者


 敬二の指した方を、大勢の人々は見てはっとした。
 今やホテルの南側の窓下が、がりがりごりごりと盛んに噛《かじ》られてゆき、見る見る大きな穴が明《あ》いてゆく。
「うわーッ、あれが○○獣だ」
「危いぞ。皆《みんな》下がれ下がれ」
 見物人は顔色をかえて、後へ尻込《しりご》みをするのだった。
 勇敢なのは、蟹寺博士だった。
 博士はその前に、前かがみになって、じっと見つめている。
 そのとき、敬二少年はドン助の行方が気になるので、しきりにそのあたりを探しまわってたが、何処を探してみてもいない。博士はドン助が木函《きばこ》ごと○○獣に噛られてしまったといったが、始めはそれが冗談と思っていたのに、だんだん冗談ではないことが敬二に分ってきた。
「もし、貴女《あなた》はなぜその木屑をメリケン袋の中にぎゅうぎゅうつめこんでいるんですか」
 と、黒眼鏡の外国婦人に声をかけた。
 すると、かの外国婦人は、怒ったような顔を敬二の方に向けると、
「あなた、分りませんか。この木屑の中に、あなたの友達の身体が粉々になってありますのです。おお、可哀《かわい》そうな人であります。わたくし、こうして置いて、後で手篤《てあつ》く葬《ほうむ》ってやります。たいへんたいへん、気の毒な人です。みな、あの○○獣のせいです」
「すると、ドン助は○○獣に殺されて、身体はこの木屑と一緒に粉々になっているというのですか。本当ですか、それは――」
「本当です。わたくし、あなたたちのように嘘つきません」
「僕だって嘘なんかつきやしない」
 と、敬二少年は腹を立ててみたが、とにかくもしそれが本当だとすると、この外国婦人は親切なひとだと思われる。
「貴女は一体どういう身分の方なんですか」
 と、敬二は彼女に聞きたいと思っていたことを訊《たず》ねてみた。
「わたくしはメアリー・クリスという英国人です。タイムスという新聞社の特派員です。この○○獣の事件なかなか面白い、わたくし、本国へ通信をどんどん送っています。いや本国だけではない、世界中へ送っています」
「ははあ、女流新聞記者なのですか」
 敬二は始めて合点《がてん》がいったという顔をした。


   ○○獣|生擒《いけどり》


 そのとき、大勢の群衆がうわーっと鬨《とき》の声をあげた。
「騒《さわ》ぐな騒ぐな」
 と、蟹寺博士は群衆を一生懸命に制しているが、なかなか鎮《しず》まらない。
「さあ、セメントを入れろ!」
 消防隊員は総出《そうで》でもって、穴の中にしきりにセメントの溶かしたものを注《つ》ぎいれている。もちろんそれは蟹寺博士の指図《さしず》によるものであった。
「どうしたんです」
 と、敬二が見物人に聞くと、
「いや、とうとう○○獣が穴の中に墜《お》ちたんだとよ」
「えっ、○○獣が……」
 敬二が愕《おどろ》いているうちにも、セメントは後から後へと流しこま
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