写真をじっと見つめながら、長大息《ちょうたいそく》をした。
○○獣というのは、二つの大きな球塊がぐるぐる廻っているものだということは分ったけれど、さてその大きな球塊は一体どんなものから出来ているのか、また中には何が入っているのかということについては、まだ何にも知れていなかった。そこに実に大きい疑問と驚異《きょうい》とがあるわけであったが、敬二には何にも分っていない。いや敬二ばかりが分らないのではない。おそらく世間《せけん》の誰にもこの不思議な○○獣の正体は見当がつかないであろう。
敬二が○○獣の写真をもって、再び東京ホテルの裏口に帰ってきたときには、そこには物見高い群衆が十倍にも殖《ふ》えていた。その間を押しわけて前に出てみると、ホテルの建物はひどく傾《かたむ》き、今にも転覆《てんぷく》しそうに見えていた。その前に、蟹寺博士が、まるで生き残りの勇士《ゆうし》のように只一人、凛然《りんぜん》とつっ立っていた。警官隊や消防隊は、はるかに離れて、これを遠巻《とおま》きにしていた。
そのとき敬二は、胸をつかれたようにはっと感じた。それは外《ほか》でもない。ホテルの裏口に積んであった空箱《あきばこ》の山が崩れて、そのあたりは雪がふったように真白に、木屑《きくず》が飛んでいることであった。
「ドン助は、どうしたろう。この空箱の中に酔っぱらって眠っていたわけだが……」
彼は急に心配になって、恐ろしいのも忘れて前にとびだした。そして残った空き箱の一つ一つを手あたり次第にひっくりかえしてみたが、たずねるドン助の姿はどこにも見あたらなかった。ぞーッとする不吉な予感が、敬二の背すじに匍《は》いあがってきた。
再びドン助の行方
「おいおい、君は何をしとるのか。こんなところにいると危いじゃないか」
と、蟹寺博士がつかつかと敬二のところへやってきた。
「ああ博士《せんせい》。僕はドン助を探しているのです」
「ドン助? はて、そのドン助というのは、誰のことじゃ」
「ドン助というのは、僕の親友ですよ。コックなんです。すっかり酔払《よっぱら》って、ここに積んであった空箱のなかに寝ていたはずなんですがねえ」
「なに、この空箱のなかに寝ていたというのかね」博士は目をぱちくりして「そしてドン助は見つかったかね」
「だから今も云ったとおり、そのドン助を探しているのですよ。ところがどこにも見つからないんです」
「ふむ、そうか」と博士は腕ぐみをして考えていたが、
「これはひょっとすると、たいへんなことになったかもしれないぞ」
「えッ、たいへんとは何です。早くいって下さい」
「実はな、さっき○○獣が、この空箱の山をカリカリ音をさせて喰いあらしたのじゃ。空箱はつぎからつぎへと下へ崩れおちてくる。そこをカリカリカリと○○獣は喰いつづけたのじゃ。ひょっとすると、そのドン助というのは、そのときこの○○獣に喰われてしまったかもしれないよ」
「ええっ、ドン助が○○獣に喰べられてしまいましたか」
それを聞くと、敬二は頭がぼーっとしてきた。人もあろうに、ドン助が○○獣に喰われてしまうなんて、なんということだろう。ドン助は喰われてしまって、どうなったであろうか。
「博士《せんせい》、○○獣に喰べられて、どうなっちまったんでしょうか」
「さあ、そこがどうも分らんので、いま研究中なのじゃ」
敬二は思いついて、博士に○○獣の写真を出してみせた。こいつは博士を興奮させたこと、非常なものであった。
「おお、これじゃ、これじゃ。儂《わし》の想像していたとおりじゃった。二つの球体が互いにぐるぐる廻っているのがよく分る。はて、こういうわけなら、○○獣を生擒《いけどり》に出来ないこともないぞ」
「○○獣を生擒にするんですか」
敬二は我《われ》をわすれて躍りあがった。○○獣の生擒なんて、いまのいままで考えていなかったことだ。もし生擒にできたなら、○○獣の謎の正体もはっきり分るだろう。
二人が○○獣の生擒の話で夢中になっているとき、二人の傍には、いつ何処から現れたかしらないが、例の黒眼鏡の断髪《だんぱつ》の外国婦人が忍びよって、そこらに散らかっている雪のように白い木屑を、せっせと掃きあつめてはメリケン粉袋にぎゅうぎゅうつめこんでいた。
陥穽《おとしあな》
「おーい! 消防隊」
蟹寺博士は、すこぶる興奮のありさまで、向うに陣をしいている消防隊の方へ駈けだした。そして隊長らしいのをつかまえて、しきりに手真似入りで話をやっているのが見えた。すると消防隊は、にわかに活溌《かっぱつ》になった。大勢の隊員が、さらに呼びあつめられた。
「一体なにが始まるのかしら」敬二はそれが知りたくて仕方《しかた》がなかった。それで傍へ近づいていった。
蟹寺博士は、地面に図を描いて、消防隊長に
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