ちろんドン助が新聞記者に喋《しゃべ》ったように、怪物の尻尾《しっぽ》もなんにも見えなかった。
 敬二はいまさらながら、この出来事を眼の前に見て、気味がわるかったが、思いついて、首にかけていたカメラでパチリと写真を一枚とった。露出はわずか千分の一秒という非常な短かい撮影だった。
「やあ、これかい。なるほどなるほど」と突然大きな声がしたので、その方をふりむいてみると、誰がいつの間に知らせたのか、蟹寺博士が来ていた。博士は例の強い近眼鏡を光らせて、崩壊してゆく自動車を熱心にじっと見つめていた。
 自動車も消えてしまうと、そこらに集って見物していた人達は、にわかに狼狽《ろうばい》をはじめた。さあ、こんどはどこが崩壊するかしれないからです。もし自分の身体が崩壊しはじめたらどうしよう。
 カリカリカリカリ。
 突然また例の怪音がおこって、人々の耳をうった。


   カメラの手柄


 敬二少年が、わずか千分の一秒という短かい露出でもって、○○獣の動いていると思われるところをうまく写真にとったことは、前にいった。少年は、どんな写真が撮《と》れたかを一刻も早く見たくてたまらなかった。それで目下《もっか》、東京ホテルの裏口を暴れまわっている○○獣のことは、折から現場に着き例の強い近眼鏡をひからせながら熱心に観察している蟹寺博士にまかせてしまって、敬二はカメラをもったまま、友だちの三ちゃんというのがやっている写真機屋の店をさして駈《か》けだした。
「おう、三ちゃん、たいへんだたいへんだ」
「な、なんだ。おや敬ちゃんじゃないか。顔いろをかえてどうしたんだ」三ちゃんは現像室《げんぞうしつ》からとびだしてきて、敬二少年を呆《あき》れ顔で見やった。
「うん、全くたいへんなんだよ。○○獣の写真をとってきたんだ。すまないが、すぐ現像してくれないか」
「えっ、なんだって、あの○○獣の写真をとってきたんだって。まさかね。あははは」と、三ちゃんは本気にしない。それもそうであろう。誰にも見えない○○獣が写真にうつるわけがないからである。敬二少年は、それからいろいろと説明をして、やっと三ちゃんに納得《なっとく》してもらうことができた。
「ああそうだったのか。千分の一秒で……。うむ、これなら或いはなにか見えるかもしれないね。ではすぐ現像してみよう」そういって三ちゃんは、敬二のフィルムをもって、現像室にもぐりこんだ。
 それから二、三十分も経ったと思われるころ、三ちゃんは水洗平皿《すいせんひらざら》に、黒く現像のできたフィルムを浮かして現れた。
「おい三ちゃん、どうだったい」
「うん。なんだかしらないけれど、とにかく妙なものがぼんやり出ているようだぜ。いまそれを見せてやるから、待っていなよ」そういって三ちゃんは、水に浮いているフィルムを、そっと水中でひっぱってみせた。
「ほら、ここんところを見てごらん。なんだか白い環《わ》のようなものが、ぼんやりと見えるだろう。これはたしかに○○獣らしいぜ」
 フィルムのままでは、白と黒とがあべこべになっているので写真を見つけない敬二にはよく見えなかった。そこで三ちゃんは、水洗をいい加減にして急に乾かすと、それを印画紙《いんがし》にやきつけた。すると肉眼で見ていると同じ光景が、写真の面にあらわれた。
「ああっ、これだ。この輪が○○獣なのだ」
 それは崩壊してゆくガレージの壁をとった写真だったが、その壊れゆく壁土《かべつち》のそばになんとも奇妙な二つの輪がうつっていた。かなり太い環であった。それは丁度噛みあった指環のような恰好《かっこう》をしていた。どうして○○獣は、こんな形をしているのだろうか。


   ○○獣の謎


 敬二少年は、ついに○○獣の撮影に成功したのだった。
 この写真をよく見てるうちに、彼はこの事件が起った最初、裏の広場の土をもちあげて、機械水雷のような形をした二つの球塊《きゅうかい》がむっくり現れたことを思いだした。
 ○○獣の正体は、やはりこれだったのである。
 何だかしらないが、その二つの球塊が、たがいにくるくると廻りあっている。一方が水平に円運動をすると、他の方は垂直に円運動をする。つまり二つの指環を噛みあわせたような恰好の運動になるのであった。それは二つの球が、お互いに運動をたすけあって、いつまでもぐるぐる廻っていることになるのであった。○○獣のおそろしい力も、こうした運動をやっているからこそ、起るのであった。
 今では○○獣の姿が、一向《いっこう》人々の眼に見えないが、これは○○獣がたいへん速く廻転しているせいであった。たとえば非常に速く廻っている車が見えないのと同じわけであった。敬二少年は、○○獣がこれから廻ろうとしていたその最初から見ていたのであった。
「まったく不思議な○○獣だ」と、敬二は自分で撮った
前へ 次へ
全12ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング