「破りました。ニュースを二十円で、ワタクシ買いました。外《ほか》の人にきっと話すことなりません、約束しました。ところが今日の新聞、みな○○獣のこと書いています。大々的に書いています。それでもあなた大嘘つきありませんか」
「ま、待って下さい。ぼ、僕はなにも知らないのです。喋《しゃべ》ったとすれば、ドン助が喋ったのかもしれません。僕は喋らない」
「ドン助? ああ、あの太った人ですね。ドン助どこにいます。ワタクシ会います。彼にきびしく云うことあります。すぐつれて来てください」
「ドン助をですか。わーッ」またドン助だ。ドン助は一体どこに行ってしまったんだろう。敬二はローラというその外国婦人の前を逃げるようにしてすりぬけた。ローラは拳《こぶし》をふりあげながら、あとから追いかけてくる。捉《つかま》ってはたいへんと、敬二は、ビルの裏へにげこんだ。
 でもローラの金切り声はおいかけてくる。
 さあ、そうなると逃げるところがなくなった。といって捉ってはどんな目にあうかもしれない。そのとき敬二はいい隠れ場所をみつけた。それは外国人がホテルへついて荷物を大きな荷造りの箱から出したその空箱《あきばこ》がいくつも重ねてある場所であった。敬二はそのうちで一番大きい箱に見当をつけて、腕をすりむくのも構《かま》わず、夢中になって空箱のなかにとびこんだ。
 そのとき彼は、箱の奥に、なんだかグニャリとするものにつきあたってハッとした。


   ドン助の行方


 空き箱の奥のグニャリとするものにつきあたって、敬二少年は心臓がつぶれるほどおどろいた。何だろうと思って目をみはったとき「ごーッ」という音が耳に入った。大きな鼾《いびき》であった。
「なんだ、こんなところに寝ているんだもの、どこを探したって分る筈がない」空き箱の中に窮屈《きゅうくつ》そうに、身体を、縮《ちぢ》めて寝こんでいるのは、行方不明になったドン助だった。酒の香《におい》が箱のなかにプンプンにおっていた。
 敬二はドン助をそっと揺《ゆ》りおこした。ところがそんなことで目のさめるような御当人《ごとうにん》ではなかった。といって箱のなかであるから、あまり音をたてては、ローラに知れる。そこで一策《いっさく》をかんがえて、ドン助のはりきった太《ふと》ももをギューッとつねってやった。
「ああ、あいてて……」膨《ふく》れかけた鼻提灯《はなちょうちん》が、急にひっこんで、その代りドン助はバネ人形のように起きあがった。そこは狭《せま》い狭い箱の中だった。彼はいやというほど頭をぶっつけて、とうとう本当に眼をさました。
「やっ、貴様か。貴様はなんというひどい――」大口《おおぐち》開いてつかみかかってくるドン助を、敬二はあわててつきとばした。ドン助は赤ん坊のように、どたんと倒れた。
 敬二が早口《はやくち》に、あの黒眼鏡のローラがいまそこまで追っかけてきていることを告げると、さすがのドン助もこれが大いに効《き》いたと見え、彼はたちまち頭をかかえて羊のごとくおとなしくなってしまった。
「そうか。そいつは弱ったな」
 敬二はこれまでの話を、手みじかに話してやった。それを聞いていたドン助は、
「いや、俺が慾ばりすぎて失敗したんだ。でもあの外国の女には第一番に話をしたんだから、あれは二十円の値打はあると思うよ。第二番以後は二円ずつ安くして、ニュースを売ってやったのだ。あれから皆で四、五十円も儲かったよ。だからつい呑《の》みすぎちまったんだ。わるく思うなよ」あの出鱈目《でたらめ》ニュースを、そんなに幾軒もの新聞に売ったと聞いて、敬二はドン助の心臓のつよさにおどろいた。
「へへえ、支配人が俺をとっちめるといってたかい。そいつは困ったな。あいつは柔道四段のゴロツキあがりだから、いま見つかりゃ肋骨《ろっこつ》の一本二本は折られると覚悟しなきゃならない。そいつは痛いし――」と腕をこまねいて、
「どうも弱った。仕方がない。夜になるまでここに隠れていよう」ドン助はごろりと音をたてて横になった。すると間もなく平和な鼾が聞えてきた。すっかりアルコールの擒《とりこ》となった彼の身体は、まだまだねむりをとらなければ足りないのであった。


   ○○獣《マルマルじゅう》の再来


 恐ろしいビルディング崩壊が再び始まったのはその日の午後であった。
 あれよあれよと見る間に、例のカリカリカリという怪音をあげて、東京ホテルの裏に立っている大きな自動車のガレージを噛《かじ》りはじめた。
 敬二少年が外に走りでたときは、もはやガレージの横の壁が、まるで達磨《だるま》を横にしたように噛《か》みとられ、そして中にある修理中の自動車がガリガリやられているところだった。じっと見ていると、それらの壁や自動車が、音をたてて自然に消えてゆくとしか見えないのであった。も
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