い青銅《ブロンズ》で出来た燭台が置かれてある、室内は暖炉の温か味で程よくなっている、傍の肱掛け椅子には逞ましい馬丁風の男が二人睡っている。と思うと古代の絹かなにかで飾りたてられた美術室、如何程価のするか解らないような種々の珍奇の骨董品やら、書画の類が巧を尽して列べられてある、さらに居間に入れば価高い香料がプン[#「プン」に傍点]と鼻を突いて心を酔わせる。このような処で夕暮れに親しい朋友《ほうゆう》や交際場裡に誰知らぬもののない若い紳士などを集めて、くさぐさの物語に時の移りゆくを忘れたら、如何ように楽しいことであろうかと彼女はたえずこのような幻の影を追うていた。
 買ってから三日も経ったかと思われる新しいテーブル掛けのかかった食卓に夫と相対《さしむかい》で座わる。夫はスープの皿をひきよせて、さも嬉しそうに「如何だ、この皿は今まで買った中では如何しても一番だ。ねえ、お前はどう思うね?」とたずねる。彼女はピカピカ[#「ピカピカ」に傍点]する銀製の食器《うつわ》、古代の人物や美しい花鳥の図の縫い取りがしてある掛け毛氈のことを夢みていた。そして、ほんのり赤味を帯びた鱒の照焼きや鶉の料理に舌鼓をうたせながら謎のような眼つきをして、自分に媚る若い男の囁きに耳を傾けていたらばなどと、例の空想をほしいままにしながら夫の言葉など上の空できき流していた。
 彼女は衣服《きもの》も満足なのは持っていなかった。その他宝石|頸《えり》飾りの類、およそ彼女がこの世の中に欲しいと思うような身の周囲《まわり》の化装品は一つとして彼女のままにはならなかった。彼女は実際それらのものを衣飾に為してこの世に生まれてきたのだと考えていたのだ。如何かして世の中の人を羨ましてやりたい。男を迷わしてやりたい。そうして、自分は何時も男につき纏われてみたいと、このようなことのみ思い続けていた。
 彼女には幼い頃から親しくしていた学校朋輩がある。しかし、その友人というのはかなりな財産家の娘なので、初めの内こそ二、三度訪ねてみたこともあったが、それは余計に自分を苦しませる種なので、それなり交わりを絶ってしまった。今ではその友の顔をみるさえはなはだしい苦痛なのである。
 ある晩のことであった。夫はいつになくイソイソ[#「イソイソ」に傍点]として帰ってきた。閾を跨ぐや否や彼女に一個の封筒を指し示しながら、
「そら、お前にいいも
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