しようなどと柄にもない心掛けを起こしたら、まったくいても立ってもいられないようになるに相違ありません。
 私はたとえ家族があるにしろ、もし仕事でもする部屋を持つなら、別に離れた一室を持ちたいと思います。友達に独身の工学士がいますが、彼は会うたびに、彼の空想するバチエラア・タワア(独身塔)について話します。それは円い塔で、変な螺線的な階段がついて、すべて立体的に、色々な構造をあらゆる近代的科学の力を出来るだけ応用して――という条件なのですが、彼のドランクン・ファンタジーなのですから、来る度にいつもその内容が色々と変化するようです。今にわれわれの仲間の中で、私なぞの到底思いも及ばない、新式なラビリンスのようなアトリエを建てて見せてくれる人が、キッとあるにちがいなかろうと私は別になんでもないように考えているのです。
 私は方丈記時代の人間ですから、それを見物して自分が興味を持つだけに留めて、自分は竹の柱にカヤの屋根のような吹けば飛ぶような一間に寝ころんで、秋の月でも眺め虫の声でもきいて、さて尺八でも吹くことにしようか。



底本:「日本の名随筆 別巻6 書斎」作品社
   1991(平成3
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