い女が、同じような態度で興奮したことが僕をおかしがらせたのであった。しかし渡辺君のこの時のシンシャアな話し振りが彼女を心の底から動かしたのかも知れない。そうだとすれば、僕は人間の心の底に宿っているヒュウマニティの精神を嗤ったことになるので、如何にも自分のエゴイストであり、浅薄でもあることを恥じ入る次第である。
 その時の僕は社会問題どころではなかった。自分の始末さえ出来ず、自分の不心得から、母親や、子供や妹やその他の人々に心配をかけたり、迷惑をさせたりして暮らしていたのだが、かたわら僕の人生に対するハッキリしたポーズが出来かけていたのであった。自分の問題として、人類の問題として社会を考えて、その改革や改善のために尽すことの出来る人はまったく偉大で、エライ人だ。
 僕はこれまで度々小説のモデルになったりダシに使われたりしているが、未だ一回たりともモデル料にありついたことがない程不しあわせな人間である。
 野枝さんのことや、だが僕のことやそんな風のことが知りたい人は、僕のこんなつまらぬ話など読むよりも立派な芸術品になっているそれらの創作を読まれた方が遙かに興味がある。
 生田春月君の『相寄
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