ず僕のことを信じていてくれることと自分は堅く信じている。僕は時々ひどくミサントロープになるが、そういう時は必ず僕は江渡君や渡辺君のことを思い出すのである。
 野枝さんはそのうちゴルドマンの『婦人解放の悲劇』その他の論文をホンヤクしてひどくゴルドマンの思想に影響されて、やがて自分から日本のゴルドマンたらんとする程の熱情を示してきた。大杉君との間に生まれたエマちゃんは、即ちゴルドマンのエマからしかく名づけられたものである。
 平塚らいてう氏がエレンケイならば、野枝さんはゴルドマンである。
 野枝さんが「青鞜」を一人で編輯することになって、僕は小石川の指ケ谷町に住んでいた。
 野枝さんは至極有名になって、僕は一向ふるわない生活をして、碌々と暮らしていた。殊に中村孤月君などという「新しい女の箱屋」とまでいわれた位に野枝さんを崇拝する人さえ出てきた。
 野枝さんのような天才が僕のような男と同棲して、その天分を充分に延ばすことの出来ないのははなはだケシカランというような世論がいつの間にか僕らの周囲に出来あがっていた。
 その頃みんな人は成長したがっていた。「あの人はかなり成長した」とか、「私は成長
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