のだ。腹が減っては恋愛も一向ふるわなくなる。パンと酒なければ恋また冷やかなり羅馬のホラチウスは多分いったはずだが、金の切れ目が縁の切れ目なることはあにただに売女にのみ限ったものではない。
無産者の教師が学校をやめたらスグト食えなくなる。教師をしていてさえ、母子三人ではあまり贅沢な生活どころか、普通のくらしだって出来はしない。だから僕は内職に夜学を教えたり、家庭教師に雇われたりしていた。――ほんの僅かの銭のために!
僕は子供の時から文学は好きだった。しかし文学者として立つ才能を所有しているというような自信は薬にしたくも持ち合わせてはいなかった。のみならず文学は職業とすべきものではないと考えていたから、僕はそれを単に自分の道楽の如く見なしていたのである。しかしまた道楽によって生活することがもし出来たとすれば、これ程結構なことはないと考えてもいた。
とりあえず手近な翻訳から始めて、暗中模索的に文学によって飯を食う方法を講じようとしてみた。当時の文学に対する知識は充分あったが、文壇に対するそれは全然ゼロであった。
全体僕の最初の動機は野枝さんと恋愛をやめるためではなく、彼女の持っている
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