していたら、いかに幸福であり得たことか! それを考えると僕はただ野枝さんに感謝するのみだ。そんなことを永久に続けようなどという考えがそもそものまちがいなのだ。
結婚は恋愛の墓場――旧い文句だがいかにもその通り、恋愛の結末は情熱の最高調において男女相抱いて死することあるのみ。グズグズと生きて、子供など生まれたら勿論それはザッツオールだ。だが人間よほど幸運に生まれない限り、一生の中にそんな恋愛をすることはまれだ。はなはだしきは恋愛のレの字も知らずに死ぬ劣等人種の方が世間にはザラ[#「ザラ」に傍点]だ。
僕は幸いにして今なお恋愛を続けている。恐らくこの恋愛は僕の生きている限り続くであろう。野枝さんの場合におけるが如き蕪雑にして不自然なものではなく、僕の思想や感情がようやく円熟しかけてきてからの恋愛なのだから、遙かに高貴でもあり純一でもある。そればかりか僕は更に若くして豊満なる肉体の所有者から愛せられている。彼女は僕のために一生を犠牲に供する覚悟でいる。それを考えると、僕は無一物の放浪児ではあるが一面なかなかの幸運児でもあるのである。故に僕は、進んで一代の風雲児をあまり羨望しようとはしない
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