て全然無知な猫杓子共は、自分のことを棚へあげて時々知ったか振りの批評がましいことをやるがはなはだヘソ[#「ヘソ」に傍点]茶でもあり、気の毒でもある。
僕は君達の生活に指一本でも差そうとはいわないのだ。よけいなおせッかい[#「おせッかい」に傍点]はしてもらいたくないものだ。
野枝さんと僕が初めて馴れ染めてからのおもいでを十年あまりも昔にかえってやることになると、なかなか小説にしてもながくなるが今は断片に留めておく。原稿商売をしていればこそこんなことも書かなければならないのかと考えると、まことに先立つものはイヤ気ばかりだ。
野枝さんは十八でU女学校の五年生だったが、僕は十ちがいの二十八でその前からそこで英語の先生に雇われていた。
野枝さんは学生として模範的じゃなかった。だから成績も中位で、学校で教えることなどは全体頭から軽蔑しているらしかった。それで女の先生達などからは一般に評判がわるく、生徒間にもあまり人気はなかったようだった。
顔もたいして美人という方ではなく、色が浅黒く、服装はいつも薄汚なく、女のみだしなみを人並以上に欠いていた彼女はどこからみても恋愛の相手には不向きだった。
僕をU女学校に世話をしてくれたその時の五年を受け持っていたN君と僕とは、しかし彼女の天才的方面を認めてひそかに感服していたものであった。
もし僕が野枝さんに惚れたとしたら、彼女の文学的才能と彼女の野性的な美しさに牽きつけられたからであった。
恋愛は複雑微妙だから、それを方程式にして示すことは出来ないが、今考えると僕らのその時の恋愛はさ程ロマンティックなものでもなく、また純な自然なものでもなかったようだ。
それどころではなく僕はその頃、Y――のある酒屋の娘さんに惚れていたのだ。そしてその娘さんも僕にかなり惚れていた。僕はその人に手紙を書くことをこよなき喜びとしていた。至極江戸前女で、緋鹿の子の手柄をかけていいわた[#「いいわた」に傍点]に結った、黒エリをかけた下町ッ子のチャキチャキだった。鏡花の愛読者で、その人との恋の方が遙かにロマンティックなものだった。この人の話をしていると、野枝さんの方がお留守になるから、残念ながら割愛して他日の機会に譲るが、とにかく僕はその人とたしかに恋をしていたのだ。だから、僕はとうとうその人の手を握ることをさえしないで別れてしまった。僕はその人のことを考えてその人を幸福にしてやる自信を持たなかったのだ。
僕は野枝さんから惚れられていたといった方が適切だったかも知れない。眉目シュウレイとまではいかないまでも、女学校の若き独身の英語の教師などというものはとかく危険な境遇におかれがちだ。
元来がフェミニストで武者小路君はだし[#「はだし」に傍点]のイディアリストでもある僕は、女を尊敬しては馬鹿をみる質の人間なのである。従ってまた生まれながらの恋愛家でもあるのだ。
女の家が貧乏なために、叔父さんのサシガネ[#「サシガネ」に傍点]で、ある金持ちの病身の息子と強制的に婚約をさせられ、その男の家から学費を出してもらって女学校に通って、卒業後の暁はその家に嫁ぐべき運命を持っていた女。自分の才能を自覚してそれを埋没しなければならない羽目に落ち入っていた女。恋愛ぬきの結婚。
卒業して国へ帰って半月も経たないうちに飛び出してきた野枝さんは、僕のところへやってきて身のふり方を相談した。
野枝さんが窮鳥でないまでも、若い女からそういう話を持ち込まれた僕はスゲなく跳ねつけるわけにはいかなかった。
親友のNや教頭のSに相談して、ひとまず野枝さんを教頭のところへ預けることにきめたが、その時は校長初めみんなが僕らの間に既に関係が成立していたものと信じていたらしかった。そして、野枝さんの出奔はあらかじめ僕との合意の上でやったことのように考えているらしかった。
国の親が捜索願いを出したり、婚約の男が怒って野枝さんを追いかけて上京するというようなことが伝えられた。
一番神経を痛めたのは勿論校長で、もし僕があくまで野枝さんの味方になって尽す気なら、学校をやめてからやってもらいたいと早速切り出してきた。いかにももっとも千万なことだと思って早速学校をやめることにした。
こう簡単にやッつけては味もソッケもないが、実のところ僕はこんなつまらぬ話はあまりやりたくないのだ。
高々三十や四十の安月給をもらって貧弱な私立学校の教師をやっておふくろと妹とを養っていた僕は、学校をやめればスグと困るにはきまった話なのだ。僕はだがその頃もうつくづく教師がイヤだったのだ。僕はこれでも人生の苦労は少年時代からかなりやってきているのだ。十三、四の頃『徒然草』を愛読して既に厭世を志した程に僕の境遇はよくなかったのだ。僕の頭は由来、はなはだメタフィジカルに出来あが
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