ばたばたさせる。書記は煙管《なたまめ》の雁首《がんくび》で虫を押えたかと思うと、炉の灰の中へ生埋めにしました。
「先生」と源は放心した人のように灰の動く様を熟視《みつ》めて、「先刻の御話でごわすが、足の骨を折られて死んだものがごわしょうか」
「有ますとも。足の傷はあれでなかなか馬鹿にならん。現在、私の甥《おい》がそれだ――撃《ぶ》ち処《どこ》が悪かったと見えて、直に往生《まい》って了った。人間の命は脆《もろ》いものさ……見給え、この虫の通りだ」
「ははははは」と源は愚かしい目付をして、寂しそうに笑って、「万一、その女が死にでもしたら、先生、奴さんの方はどうなりやしょう」
「そりゃあ君、知れきってる話さ。無論、捕《つかま》らあね。人を殺して置いて自分ばかり助かるという理屈はないからな」
「ははははは」
源は反返《そりかえ》って笑いました。人間は時々心と正反対《うらはら》な動作《こと》をやる――源の笑いが丁度それです。話好な書記は乗気になって、
「あの子についちゃ実にかわいそうな話があるんでね。私はお隅さんを見ると、罅痕《ひびたけ》の入った茶椀《ちゃわん》を思出さずにいられやせんのさ。ま
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