なりやすよ。馬流《まながし》の正公《しょうこう》は私よりか前に奉職して、それで私と給料が同じだもんだで、大層口惜しがってね。此頃《こないだ》も、馬流へ行った時、正公のところへ寄って、正公ちったあ上げて貰いやしたかね、と聞いたら、弱ったよ、今月は五十銭も上るかと思ったに、この模様ではお流れだ、と言って嘆《こぼ》していやした」
「どうでごわしょう、先生、その女も足の骨を折られた位で……」
「しかし、人間は信用がなくちゃ駄目だね。私なんかのように貧乏人で、能の無い者でも、難有《ありがた》いことには皆さんが贔顧《ひいき》にしてくれてね。此頃《こないだ》も斎藤書記官に逢いやした時、お前《めえ》は今いくら取る、と言いやすから、九円になりやしたと言うと、九円? 九円も取るか、と大層喜んでくれやして、九円取れればいいだろう、と言いやすのさ。そりゃ私|独《ひと》りなら楽ですけれど、家内が大勢でなかなかやりきれやせん、と言いやしたら、よしよしその中に又た乃公《おれ》が骨を折って上るようにしてやる、と言ってくれやした」
「どうでごわしょう、先生、その女も……」
「噫《ああ》。貧苦ほど痛いものは無いね。貧苦、
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