路傍の雑草
島崎藤村
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)往還《ゆきかへり》
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ザク/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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学校の往還《ゆきかへり》に――すべての物が白雪に掩はれて居る中で――日の映つた石垣の間などに春待顔な雑草を見つけることは、私の楽しみに成つて来た。長い間の冬籠りだ。せめて路傍の草に親しむ。
南向きもしくは西向きの桑畠の間を通ると、あの葉の緑だけ紫色な「かなむぐら」がよく顔を出して居る。「車花」ともいふ。あの車の形した草が生えて居るやうな、土手の雪間には、必つと「青はこべ」も蔓ひのたくつて居る。「青はこべ」は百姓が鶏の雛に呉れるものだと、学校の小使が言つた。石垣の間には、スプウンの形した紫青色の葉を垂れた「鬼のはゞき」や、平べつたい肉厚な防寒服を着たやうな「きしや草」なぞもある。蓬の枯れたのや、其他種々な雑草の枯れ死んだ中に、細く短い芝草が緑を保つて、半ば黄に、半ば枯々としたのもある。私達が学校のあるあたりから士族屋敷地へかけては水に乏しいので、到るところに細い流を導いてある。その水は学校の門前をも流れて居る。そこへ行つて見ると、青い芝草が残つて、他の場所で見るよりは生々として居る。
奈何いふ世界の中に是等の雑草が顔を出して、中には極く小さな蕾の支度をして居るか、それも君に聞いて貰ひたい。一月の二十七日あたりから三十一日を越え、二月の六日頃までは、殆んど寒さの絶頂に達した。山の上に住み慣れた私も、ある日は手の指の凍り縮むのを覚え、ある日は風邪のために発熱して、気候の激烈なるに驚かされる。降つた雪は北向きの屋根や庭に凍つて、連日溶くべき気色も無い………私は根太の下から土と共に持ち上つて来た霜柱の為に戸の閉らなくなつた古い部屋を見たことがある。北向きの屋根の軒先から垂下る氷柱は二尺、三尺に及ぶ。身を包んで屋外を歩いて居ると気息がかゝつて外套の襟の白くなるのを見る。斯ういふ中で元気の好いのは屋根の上を飛ぶ雀と雪の中をあさり歩く犬とのみだ。
草木のことを言へば、福寿草を小鉢に植ゑて床の間に置いたところが、蕾の黄ばんで来る頃から寒さが強くなつて、暖い日は起き、寒い日は倒れ萎れる有様である。驚くべきは南天だ。花瓶の中の水は凍りつめて居るのに
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