、買つて挿した南天の実は赤々と垂下つて葉も青く水気を失はず、活々と変るところが無い。
君は牛乳の凍つたのを見たことがあるまい。淡い緑色を帯びて、乳らしい香もなくなる。こゝでは鶏卵も凍る。それを割れば白味も黄味もザク/\に成つて居る。台所の流許に流れる水は皆な凍り着く。葱の根、茶滓まで凍り着く。明窓へ薄日の射して来た頃、出刃庖丁か何かで流許の氷をかん/\打割るといふは暖い国では見られない図だ。夜を越した手桶の水は、朝に成つて見ると半分は氷だ。それを日にあて氷を叩き落し、それから水を汲入れるといふ始末だ。沢庵も、茶漬も皆な凍つて、噛めばザク/\音がする。時には漬物まで湯ですゝがねばならぬ。奉公人の手なぞを見れば、黒く荒れ、皮膚裂けてところ/″\紅い血が流れ、水を汲むには頭巾を冠つて手袋をはめてやる。板の間へ掛けた雑巾の跡が直に白く凍る朝なぞはめづらしくない。夜更けて、部屋々々の柱が凍み割れる音を聞きながら読書でもして居ると、実に寒さが私達の骨まで滲透るかと思はれる………。
雪の襲つて来る前は反つて暖かだ。夜に入つて雪の降る日なぞは、雨夜のさびしさとは違つて、また別の沈静な趣がある。どうかすると、梅も咲くかと疑はれる程、暖かな雪の夜を送ることがある。そのかはり雪の積つた後と来ては、堪へがたいほどの凍《し》み方だ。雪のある田畠へ出て見れば、まるで氷の野だ。斯うなると、千曲川も白く凍りつめる。その氷の下を例の水の勢で流れ下る音がする。
底本:「日本の名随筆94・草」作品社
1990(平成2)年8月25日第1刷発行
入力:増元弘信
校正:浦田伴俊
2000年6月24日公開
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