へる餘裕はありませんでした。何でも早く六ちやんの家を辭して豐田さんの方へ父を連れて歸りたいと思ひました。
父は私の通ふ學校を見たいと言ひますから、數寄屋河岸の方へも案内しまして赤煉瓦の建物を見せました。河岸に石の轉がつたのが有りましたら、子供の通ふ路に斯ういふ石は危いと言つて、父はそれを往來の片隅に寄せたり、お堀の中へ捨たりするやうな人でした。
父が逗留の間に舊尾州公の邸をも訪ねました。その時、私も父に伴はれて、以前の尾張の殿樣といふ人の前に出ました。父は私が學校で作つた鉛筆畫の裏に私の名前などを書いたものを尾州公の前に差出しました。私は廣い御座敷に身を置いて燈火《あかり》の影で大人の話をするのを聞いたのと、歸りに御菓子を頂いて來たのとその他に今記憶して居ることも有りません。父は又淺草邊の鹿《か》の子《こ》といふ飮食店へも私を連れて行つて、そこの主人《あるじ》や内儀《かみ》さんに私を引合せました。
『斯樣なお子さんが御有りなさるの。』と内儀さんは愛相よく言つて、父と私の顏を見比べました。私は内儀さんばかりでなく多勢の女中からジロ/\傍へ來て顏を見られるのが厭でした。鹿の子の主人は地
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