方出で、父とは懇意な人でした。
 その時の私の心では、私は矢張郷里の山村の方に父を置いて考へたいと思ひました。私は一日も早く父が東京を引揚げて、あの年中|榾火《ほたび》の燃えて居る爐邊の方へ歸つて行つて、老祖母《おばあ》さんやお母《つか》さんや、兄夫婦や、それから太助などと一緒に居て貰ひたいと思ひました。久し振の上京で、父は東京にある舊い知人を訪ねたり、亡くなつた人の御墓參をしたりしまして、間もなく郷里の方へ戻つて行きましたが、後で國から出て來た人の話には、餘程私が嬉しがるかと思つて上京したのに、子供には失望したと言つて、父が郷里へ戻つてから嘆息して他《ひと》に話しましたとか。斯の手紙で私が今貴女に御話して居るのは、銀座の大倉組の角に點《つ》いた白い強い電燈の光が東京の人の眼に珍しく映つた頃のことです。尾張町の角にあつた日々新聞社の前に花瓦斯《はなガス》の點く晩などは、私は豐田さんの家の人達に隨いて、明るい夜の銀座通を歩きに行きましたものです。

        九

 豐田さんの家で可愛らしい赤兒《あかんぼ》が生れるまでは、私は土藏の中の部屋でお婆さんの側に寢かされましたが、赤兒が生
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