桐の箱に入つた鏡を取出しましたから、
『お父さん、男が鏡を見るんですか。』
と私が尋ねますと、父は微笑んで、鏡といふものは男にも大切だ、殊に斯うして旅にでも來た時は、自分の容姿《ようす》を正しくしなければ成らないと私に話しました。
父は隨分奇行に富んだ人で、到るところに逸話を殘しましたが、しかし子としての私の眼には面白いといふよりも氣の毒で、異常なといふよりも突飛に映りました。斯の上京で私はそれを感じたのでした。私の學校友達の六ちやんの家へも父が訪ねて行かうと言ひますから、私は一方には嬉しく思ひながら、一方には復た下手なことをして呉れなければ可いがと唯そればかり心配して、三十間堀の友達の家へ案内して行きました。六ちやんの家ではお母さんが後家さんで六ちやん達を育てゝ居ました。訪ねて行くと、先方《さき》でも大層喜んで呉れましたが、別れ際に父は六ちやんのお母さんからお盆を借りまして、土産がはりに持つて行つた大きな蜜柑をその上に載せました。やがてツカ/\と立つて、その蜜柑を佛壇へ供へたといふものです。斯ういふ父の行ひが少年の私には唯奇異に思はれました。私は父の精神の美しいとか正直なとかを考
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