間に合はせる積りで夜業《よなべ》までして仕立て直して呉れたのでしたが、到頭私は強情を言ひ張つて、その羽織を着るだけは許して貰つたことが有りました。
 父が私に逢ふのを樂みにして一度上京しましたことは、私に取つて忘れ難いことの一つです。何故かと言ひますに、それぎり私は父に逢ひませんから。
 豐田さんの家の奧の二階は廣い靜かな座敷で、そこに父は旅の毛布《ケツト》やら荷物やらを解き、暫時《しばらく》逗留しました。豐田のお婆さんの亡くなつた連合《つれあひ》だの、親戚にあたる年老いた漢學者だの、其他豐田さんの身のまはりの人で父の懇意な人は澤山ありまして、國に居る頃は父もまだ昔風に髮を束ねまして、それを紫の紐で結んで後の方へ垂れて居るやうな人でしたが、その旅で名古屋へ來て始めて散髮に成つた話などを私に聞かせました。私は心の中で、お父さんも大分開けて來たと思ひました。
『あれは彼樣《あゝ》と、これは斯樣《かう》と――』
 そんなことを父はよく獨語《ひとりごと》のやうに言つて、自分の考へを纏めやうとするのが癖でした。
 奧の二階からは廣い物乾場を通して町家の屋根、窓などが見られます。父は旅の包の中から
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