て、
『買つて、買つてツて……買つてばかり居るぢやないか。そんなに父さんは金錢《おあし》がありやしないよ。』
漸くのことで子供を言ひ賺《すか》しまして、それから橋の畔《たもと》の方へ連れて行きました。そこに煙草と菓子とを賣る小さな店があります。小さな硝子張《ガラスばり》の箱に鯛などの形した干菓子の入つたのが有りましたから、それを二箱買つて、一つを子供の手に握らせると、それで機嫌が直つて、私の行く方へ隨いて來ました。軟かな五月の空氣の中で、しばらく私は町の角に佇立《たゝず》んで、暮れ行く空を眺めて居りました。
『父さん、何してるの――あの電燈《でんき》を勘定してるの。』
『アヽ。』
『そんなこと、ツマラないや。』
子供に引張られて、復た私は歩き※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]りました。
『最早《もう》御飯だ。早くお家へ歸らう。』
と言つて、吾家近くまで子供を連れて歸りかけた頃、何を斯の兒は思ひついたか、しきりに御飯と御膳の相違《ちがひ》を比べ始めました。父のが御膳で、自分のが御飯だとも言つて見るやうでした。
『御飯と御膳と違ふのかい。』
と私が笑ひますと、子供は
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