氣もします。種々な相違した時のことが雜然《ごちや/\》一緒に成つて浮び揚つて來ます。そのくせ、極く小さな事で、忘れないで居るやうなことは、それが昨日あつたと言ふよりはつい今日あつたことのやうに、明瞭《はつきり》と、しかも微細な點まで、實に活々と感ぜられるのですが……
 ある日の夕方も、私は弟の方の子供の手を引きながら散歩に出掛けました。斯の兒はナカ/\理窟屋で、子供のやうな顏附をして居ないといふところから、家に居る姉さん達から『こどな』といふ綽名《あだな》を頂戴して居ます。大人と子供の混血兒《あひのこ》といふ意味です。種々な問を起したがる年頃で、それは何處から覺えて來るともなく、『隨分滑稽だ』とか、『一體全體、譯は何だい』とか、柄にも無いやうな口眞似をしては皆なを笑はせる。往來を歩いて居ても、直に物が眼につくといふ風です。
『ア、一本の脚の人が彼樣《あん》なところを歩いてら。』
 と二本の杖に身を支へながら行く人の後姿を見つけて、それを私に指して見せました。
 電車通りの向側には、よく玩具を買ひに行く店があります。子供はその店の方へ行けと言つて、駄々をこねて聞入れませんから、私も持餘し
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