尋ねますから、蝙蝠《かうもり》だと教へますと、子供等はめづらしさうに眼を見張りました、瓦斯《ガス》や電燈の點いた町の空に不恰好な翼をひろげたものの方を眺めて居りました。斯の子供等の眼に映るやうな都會の賑やかな灯――左樣いふ類《たぐひ》の光輝《かゞやき》は私の幼少《ちひさ》い頃には全く知らないものでした。夕方と言へば、私は遠い山の彼方に燃えるチラ/\した幽《かす》かな不思議な火などを望みました。それは狐火だといふことでした。夜鷹と言つて、夕方から飛出す鴉ほどの大きさの醜い鳥が、よく私達の頭の上を飛び※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]りました。それが私の子供の時を送つた故郷の方の空でした。
 私は自分の少年時代のことを御話する序《ついで》に、眼前《めのまへ》に居る子供等のことも貴方に書き送らうと思ひます。私達が忘れて居て、平素《ふだん》思出したことも無いやうなことまで胸に浮ばせるのは、この子供等です。遠く過去つた記憶を辿つて見ると、私達の世界は朦朧としたもので、五歳《いつつ》の時には斯ういふことが有つた、六歳《むつつ》の時には彼樣《あゝ》いふことが有つた、とは言へないやうな
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