二

 私の側に今居る兄弟の子供が八歳と六歳になることは貴女に申上げました。彼等|幼少《をさな》いものを眼前《めのまへ》に見る度に、自分等の少年の時と同じやうなことが矢張この子供等にも起りつゝあるだらうか。丁度自分等も斯樣な風であつたらうか。左樣思つて私は獨りで微笑むことが有ります。
 私が今住む場所は町の中ですから、夕方になると近所の子供が狹い往來に集ります。路地々々の子供まで飛出して來て馳け※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]る。時には肴屋の亭主が煩《うるさ》がつて往來へ水を撒いて歩いても、そんなことでは納まらない程の騷ぎを始める。吾家《うち》の子供も一緒に成つて日の暮れるのも知らずに遊び※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]ります。夕飯に呼び込まれる頃は、家の内は薄暗い。屋外《そと》から入つて來た弟の方は燈火《あかり》の下に立つて、
『もう晩かい。』
 と尋ねるのが癖です。
 早く夕飯の濟んだ黄昏時《たそがれどき》のことでした。私は二人の子供を連れて町の方へ歩きに行つたことが有りました。夕空に飛びかふ小さい黒い影を見て、あれは何かと兄の方が
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