した。甥は私よりは三つも下の少年でしたが、謠曲《うたひ》の文句などを諳記して居て、斯の祖母さんの側でよく歌ひました。
 二階座敷で時折樂しい酒宴《さかもり》のあつたことも、客を款待《もてな》すことの好きな姉の夫の氣風をあらはして居りました。同じ銀座の町の近くには、矢張同郷の豐田さんといふ人が住んで居て、折につけて呼ばれて來ました。その使に行くのが何時でも私でした。ゆつくり酒を酌みかはすといふ夜などは、豐田さんは興に乘つて歌ひ出すことが有りました。いかめしい顏附に似合はない豐田さんの洒落《しやれ》は皆なを笑はせました。姉の夫も清《すゞ》しい好い音聲で故郷の方の俗謠などを歌ひましたが、その聲には私は聞き恍《ほ》れる位でした。
 斯うして寛濶な家庭の中でも、姉は物のキマリの好いことを悦んでそれを私に話して聞かせたものです。例へば、日曜毎に訪ねて來る同郷の青年があるとか、その青年が甥のところへ買つて持つて來るものは鹽煎餅と定つて居るとか、それを缺かしたことが無いとか、そんなことまで姉の心を悦ばせました。
 銀さんと私とは姉の家から同じ小學校へ通ひましたが一年ばかり經つ間《うち》に銀さんの方は學
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