思出させるやうなのには遭遇《であ》ひません。
 片田舍のことですから、私達が東京へ發つ前には毎晩のやうに親しい家々から客に呼ばれました。私は銀さんと一緒にお文さんの家へも呼ばれて行つて、鷄肉《とり》の汁《つゆ》で味をつけた押飯《あふはん》(?)の馳走に成りました。何かにつけて田舍風の饗應を取替《とりかは》すといふことは、殊に私の村では昔から多い習慣のやうに成つて居ました。
 出發の前の朝、祖母は私達を爐邊に据ゑまして、食事しながら種々なことを言つて聞かせました。今朝は言ふ、そのかはり明日の朝は何事《なんに》も言はない、そんなことを言つて、長いこと私達を側に坐らせて置いて、別離《わかれ》の涙を流しました。其晩、私は父の書院へも呼び附けられて、五六枚ほど短册に書いたものを餞別として貰ひました。それは私が座右の銘にするやうにと言つて呉れたので、日頃少年の私をつかまへて口の酸くなるほど言つて聞かせた教訓を一つ/\文字に表はして書いたものでした。私はその全部を記憶しませんが、父があの几帳面な書體で認めた短册の中には、あり/\と眼に浮んで來るのもあります。
『行ひは必ず篤敬。云々。』
 兄に引連れ
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