んにょう+囘」、第4水準2−12−11]りながら漸くのことで龜の隱れて居るところへ行きました。其時、子供等は勝誇つたやうな聲を揚げて、喜び騷ぎました。
 どうかすると私は斯樣な串談《じやうだん》をして、子供を相手に遊び戲れます。斯ういふ私を生んだ父は奈樣《どん》な人であつたかと言へば、それは嚴格で、父の膝などに乘せられたといふ覺えの無い位の人でした。父は家族のものに對して絶對の主權者で、私等に對しては又、熱心な教育者でした。私は父の書いた三字經を習ひ、村の學校へ通ふやうに成つてからは、大學や論語の素讀を父から受けました。あの後藤點の栗色の表紙の本を抱いて、おづ/\と父の前に出たものです。
 父の書院は表庭の隅に面して、古い枝ぶりの好い松の樹が直ぐ障子の外に見られるやうな部屋でした。赤い毛氈《まうせん》を掛けた机の上には何時でも父の好きな書籍が載せてありましたが、時には和算の道具などの置いてあるのを見かけたことも有ります。父はよく肩が凝ると言ふ方でして、銀さんと私とが叩かせられたものですが、肩一つ叩くにも只は叩かせませんでした。歴代の年號などを暗誦させました。終《しまひ》には銀さんも私も
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