て行つて、舊い屋敷をお目に掛けませう。
 母がよく腰掛けた機《はた》の置いてある板の間は、一方は爐邊へ續き、一方は父の書院の方へ續くやうに成つて居ました。斯の板の間に續いて、細長い廂風《ひさしふう》の座敷がありまして、それで三間《みま》ばかりの廣い部屋をぐるり[#「ぐるり」に傍点]と取圍《とりま》くやうに出來て居りました。斯の部屋々々は以前本陣と言つた頃に役に立つたので、私の覺えてからは、奧の部屋などは特別の客でもある時より外に使はない位でした。別に上段の間といふのが有りました。そこは一段高く設けた奧深い部屋で、白い縁《へり》の疊などが敷いてあり、昔大名の寢泊りしたところとかで、私が子供の時分には唯床の間に古い鏡や掛物が掛けてあるばかりでした。父はそこを神殿のやうにして、毎朝神樣を拜みましたから、私も眼が覺めると母に連れられて御辭儀に行つたものです。それほど父は嚴格な、神信心な人でした。髮なども長くして、それを紫の紐で束ねて、後の方へ垂れて居ました。上段の間を隔てゝ、寛《くつろ》ぎの間といふのも有つて、そこが兄の居間に成つて居りました。村の旦那衆はよくそこへ話しに集りました。仲の間は明
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