めて置いて、小屋の前で私に燒いて呉れたり、母屋《おもや》の爐邊の方まで見せに持つて來て呉れたりしたのも、太助でした。
 何かにつけて私はイヂの汚ないやうなことばかり覺えて居ります。けれども、ずつと年をとつた人と同じやうに、少年の私にはそれが一番樂しい欲でした。斯樣なことを私は最初に貴女に御話するからと言つて、それを不作法とも感じません。種々な幼少《をさな》い記憶がそれに繋がつて浮び揚つて來ることは、爭へないのですから。序《ついで》に、太助が小屋から里芋の子を母屋の方へ運んで行きますと、お牧がそれに蕎麥粉を混ぜて、爐の大鍋で煮て、あの皹《あかぎれ》の切れた手で芋燒餅といふものを造《こしら》へて呉れたことも書いて置きませう。芋燒餅は、私の故郷では、樂しい晩秋の朝の食物《くひもの》の一つです。私は冷い大根おろしを附けて、燒きたての熱い蕎麥餅を皆なと一緒に爐邊で食ふのが樂みでした。口をフウ/\言はせて食つて居るうちに、その中から白い芋の子が出て來る時などは、殊に嬉しく思ひました。

        三

 昨日《きのふ》、一昨日《をとゝひ》はこの町にある榊神社の祭禮で、近年にない賑ひでした。町
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