お徳もなごりを惜しむというふうで、台所を片づけてから子供らの相手になった。お徳はにぎやかなことの好きな女で、戯れに子供らから腕押しでも所望されると、いやだとは言わなかった。肥《ふと》って丈夫そうなお徳と、やせぎすで力のある次郎とは、おもしろい取り組みを見せた。さかんな笑い声が茶の間で起こるのを聞くと、私も自分の部屋《へや》にじっとしていられなかった。
 「次郎ちゃんと姉《ねい》やとは互角《ごかく》だ。」
 そんなことを言って見ている三郎たちのそばで、また二人《ふたり》は勝負を争った。健康そのものとも言いたいお徳が肥《ふと》った膝《ひざ》を乗り出して、腕に力を入れた時は、次郎もそれをどうすることもできなかった。若々しい血潮は見る見る次郎の顔に上《のぼ》った。堅く組んだ手も震えた。私はまたハラハラしながらそれを見ていた。
 「オヽ、痛い。御覧なさいな、私の手はこんなに紅《あか》くなっちゃったこと。」
 と、お徳は血でもにじむかと見えるほど紅く熱した腕をさすった。
 「三ちゃんも姉《ねい》やとやってごらんなさいな。」
 と、末子がそばから勧めたが、三郎は応じなかった。
 「僕はよす。左ならや
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